Blinding Lights(何ごとも起きませんように)

 メソポタミア・パンデモニウム。

 

 その最下層にある【召喚の扉】の前で、魔王アンドレスはひたすらに祈りを捧げている。

 足元の召喚魔法陣は絶えずアンドレスの魔力を吸収し、異世界アルムフレイアと現世界・地球を繋ぐ回廊を安定させるために消費され続けていた。

 そして魔王の立つ魔法陣の外では、再生したばかりの『不死王リビングテイラー』と『錬金術師ヤン』、そしてようやく一時帰還を果たした『謀略のコデックス』が魔王へ向けて両手を広げると、自らの体内から魔力を振り絞り、注ぎ込んでいた。


──ギィッ……ギギィィィィッ

 やがて、異世界へ続く回廊の扉がゆっくりと開く。

 それこそが、魔王アンドレスが己の魔力の全てを捧げて完成した【勇者召喚術式】によって地球へとたどり着いた新たな四天王。

 そして扉が完全に開いた時。


「……あらぁ♡ なにか知っているような魔力がまとわりついているわねえ、って思っていたらぁ。魔王アンドレス様じゃないですかぁ」


 露出の高い黒のレオタードを身に纏い、腰のあたりでぱたぱたと蠢く蝙蝠の翼をはためかせつつ。

 召喚させた最後の四天王『夜魔ナイトメアキスリーラ』が、魔王アンドレスの前に跪いた。


「よく来てくれた、キスリーラ。今、この時より貴公を、わが魔王四天王の一角に座すことを許す」

「……畏まりました。それで、ここはどこなのでしょうか? 私は魔王国再建のために、日々、若い殿方のエナジーを集めていたところですが」


 ペロリと舌なめずりをしつつ、キスリーラがアンドレスに問いかける。

 すると、リビングテイラーがキスリーラの真横へやってくると、アンドレスに向かって跪きつつ。


「ここは異世界・地球と呼ばれている場所である。我が主である魔王アンドレスさまは、この地に魔族の楽園を作るべく暗躍を開始した」


 そうリビングテイラーが告げたのち、今度は錬金術師ヤンもリビングテイラーの横に跪く。


「だが、またしても我りの覇道を阻むものが現れた。キスリーラも知っているであろう、勇者スティーブとその仲間たちだ」


 最後は謀略のコデックスがヤンの真横で跪き、静かに一言。


「そして……キスリーラ、そなたの愛したジャバウォーキィ殿の命を奪った魔導師・如月もまた、この世界に存在する」


──ビクッ

 コデックスの言葉に、キスリーラの眉根と尻尾がピクッと動く。

 空帝ジャバウォーキはかつてのキスリーラの上司であり、そして夫であった存在。

 ゆえに、ジャバウォーキーを滅した空帝ハニーこと七織の魔導師・キサラギとは幾度となく戦いを繰り返していた。


「成程、理解しましたわ……では魔王アンドレス様。私は、何をすればよろしいのでしょうか」

「そうだな……今の我らが拠点はここ、位相空間の中にしか存在しない。ゆえに、より広く、より豊かな土地を必要としている……キスリーラよ、これは汝の得意分野を生かすチャンスではないのか?」


 そう告げられて、キスリーラもまた満足そうにうなずいて見せる。


「畏まりましたわん。夜魔キスリーラ……ダンジョンマスターの二つ名の通り、この地に迷宮を増やし、魔素豊かな大地を構築して見せますわんっ」


 甘ったるい言葉遣い。

 もしもこの場に人間の男性がいたとすれば、一瞬でキスリーラの甘い魔力に当てられ、隷属化していただろう。

 いかなる男性も虜にする魔力『誘惑の恍香』を放つ夜魔、それがキスリーラであった。


 〇 〇 〇 〇 〇


──日本・北海道北部方面隊札幌駐屯地

 その日は、朝から騒がしかった。

 朝礼を終えて朝食に向かった時、備え付けられているテレビに流れるニュース番組、その光景に自衛隊隊員は釘告げになっていた。


『フランスはパリ郊外、コンピエーニュの森に突如、巨大な大洞窟が出現しました。調査の結果、この大洞窟は以前、東京の新宿に出現した大空洞やナイジェリア各地に出現した迷宮と酷似しており、現在はフランス陸軍などにより厳重な警戒態勢の中、調査が始められています……繰り返しお伝えします……』


 フランスはパリ郊外、コンピエーニュの森に出現した大洞窟。

 それは地面から地下へと斜めに下っていく鍾乳洞のような造りになっており、現在はフランス軍により周辺は封鎖、新宿地下迷宮攻略戦に参加していた特殊部隊が調査のために内部へと侵入。

 その報告を待っている最中であると伝えられている。

 そしてこのニュースは全世界的に広がり始め、東京の新宿、ナイジェリアに続く三つ目の迷宮出現という事で各国からも共同調査の打診がフランス政府に届けられている。

 当然、このような事態を指をくわえて黙って見ているほど日本政府は腰抜けではない。

 『必要であるのなら、我が国の第1空挺団をPKFとして派遣することも可能です』と打診を送ったものの、『それは必要ない』とあっさりと却下。

 フランス政府は、この新たな迷宮の調査については、独自に行うことを宣言した。


………

……


──北部方面隊札幌駐屯地・第1空挺団隊舎

 はい、いつも元気な如月弥生です。

 というのは置いておくとして、朝一番で流れていたニュース、まさかの3つ目の大迷宮の出現という事で世界各地の興味の先がフランス迷宮へと注がれているそうです。


「それにしても、フランス政府はあの迷宮をどうするつもりなのでしょうね。現在は内部調査が行われているという話ですけど、もしもダンジョンスタンピードが発生したら、誰が止めるのでしょうね」

「小笠原1尉、それについては私も同感です。まだイギリスに出来たというのでしたら、恐らくはあの錬金術師ヤンの差し金ってわかりますし、こちらから打診して向かう事もできると思いますけれど……今回は、厄介ですよね」

 ええ、本当に厄介です。

 私たち異邦人の力は借りない、そう間接的に話しているようなものです。

 おそらくですけれど、フランス政府はアメリカとナイジェリアにも協力要請をしないのではないでしょうか。

 ええ、このバターンはですね、異世界アルムフレイアの『傀儡王ミテキーテ』の物語と酷似しているのですよ。

 ダンジョンは莫大な資源を生み出す。その代わり、それを制する武力も必要である。

 そのために新ダンジョンが発見された場合、その土地の冒険者組合に調査依頼が行われ、迷宮の危険度を測定するのですが。

 傀儡王ミテキーテは、自国領土に初めて迷宮が出現したとき、冒険者組合に調査依頼を行わずに騎士団だけで調査を強硬。その結果として迷宮内部から出現した魔物の軍勢によって騎士団は壊滅、王都の半分がダンジョンスタンピードによって崩壊したのです。

 

「……という物語がですね、向こうの世界にはあるのですよ。今回のケースも、まったくそれに酷似しています。なによりも、ダンジョンで生まれる魔物は皆、体表面に魔力膜を纏って生み出されるのですから、高出力高火力兵器、もしくは魔術か闘気なくしては、対処することはできないのですけれど」

「そのようなものは……まあ、フランス軍としては所持しているとは思いますよ……」

「はい。問題なのは、それが通用した場合なのですよ。迷宮は下層へ進むごとに強靭な魔物を生み出す。当然、手に入る資源のレア度も高くなっていきますが、騎士団というか、フランス軍の生存確率も低下していくと思います」

 つまり、調子に乗ってイケイケドンドンと迷宮攻略を続けていくと、やがて手に負えない化け物を相手することになる、ということです。


「……まあ、そのような事態になった場合、国連を通じて救助要請もしくは迷宮封鎖要請が届くと思いますわね。その時は、如月3曹の出番……というか、魔導編隊の出番となるわよねぇ」

「そうですね。では、そのような事態が起こらないことを祈りつつ、私は訓練に向かいます」

「はい、ご苦労様です」


 ということで、一応はスティーブとスマングル、ヨハンナにも一報入れておきました。

 ただ、フランスって緊急時でも空を飛んでいくしかないのですよ、転移術式を使いたくても行ったことがない場所ですから。

 はてさて、鬼が出るのか蛇が出るか。

 何事も起きませんように。

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