Locked Out Of Heaven(ダンジョンの支配についてのあれこれ)

 フランスでダンジョンの入り口が発見されてから半月が経過しました。


 現在、初期調査は終了したらしく、ダンジョン内部の安全性、モンスター分布、宝箱の有無についての検討が行われているそうです。

 国連安全保障理事会および国際異邦人機関からの正式な要請により、フランス政府も、調査データについてはしぶしぶながら公開。その結果、現時点では、第一層の調査は完了し、『昆虫型・動物型モンスター』が生息していること、特定の位置に宝箱が設置されていることなどが報告として挙げられているようです。


 また、モンスター討伐については重火器の使用により、どうにか討伐することは出来たものの、回収した素材などについての詳細は未公開とされています。

 まあ、東京の新宿大空洞騒動の直後、国際異邦人機関では新たに『異世界的資源については、都度、発見次第国際異邦人機関へ報告する』というルールが追加要綱として定められた為、フランス政府がブツブツと文句を言っても公開せざるを得ないのですが。

 素材のデータなどは『未調査』『未解析』という表示が記されているため、どの国も文句は言いたいものの何も言い返せないという状態でして。


 そしてフランス政府が公表したデータを日本政府も当然ながら入手。

 急ぎ日本国でのダンジョン捜索任務が開始されたそうです。

 まあ、『日本国迷宮調査委員会』というものが新たに発足し、そのための調査班というのが編成されました。

 なんといいますか……迷宮についての専門家、有識者などにより構成され、さらには自称冒険家だの、元自衛官だのといったメンバーにより編成され、全国各地で迷宮らしきものが報告されると調査を行っているそうです。


………

……


――千葉県・習志野駐屯地

 本日は、第1空挺団に定期訓練日。

 午前中は鉄塔からの降下訓練とシミュレーターを使ってのインドア突撃訓練。

 午後からはみなさんお待ちかねの闘気修練が待っています。

 既に午前中の訓練は終えていましてね、私もシャワーを浴びてから食堂に向かい、のんびりと他の団員の皆さんと楽しい団欒を楽しみつつ食事を取っている真っ最中です。


「……なあ如月3曹。フランスで発見された迷宮だけれど、一つの国で管理・運営は可能なのか?」


 『コンピエーニュ迷宮』と命名されたフランスダンジョンのニュースが映っているのを見て、大越3曹がそう尋ねてきました。


「えぇっとですね。まず、国家で管理・運営となりますと、まずは完全攻略する必要があります。そのためには最下層まで向かい、ラスボスであるダンジョンマスターを討伐、後に出現する管理階層に降りて、ダンジョンコアの支配権を書き換えるといった作業が必要になってきます」


 ここまでは、基本的には冒険者組合に所属している冒険者や、一国の騎士団程度で十分に足りることもあります。まあ、そのダンジョンの種類にもよるのですけれどね。


「……つまり、コンピエーニュ迷宮の場合、フランス陸軍や特殊部隊が最下層まで降りてダンジョンマスターを倒し、ダンジョンコアを書き換えれば終わりっていう事か……意外と簡単なんだな?」

「場合にもよりますよ。あと、ダンジョンの種類も関係してきますね」


 ダンジョンの種類については、過去に私とシスター・ヨハンナの二人で行ったダンジョン研修のときにも説明はしているので割愛。

 自然発生型だと、そんなに難しくないのですけれど。

 人工ダンジョンの場合は、ダンジョンマスターが魔族や狂った魔導師、上位アンデットといった高位司祭の可能性も出てきます。そうなると一筋縄ではいきません。

 相手は知性持つもの、騙し合いと謀略で攻めてくる場合もありますし、なによりも魔術をバンバン打ち込んでくる可能性だって否定できません。

 そのあたりは、新宿大空洞で大越3曹も体験していることですから。

 そのあたりを事細かく説明しますとね、周囲で耳を側立てて聞いていた隊員たちもゴクッと息を飲んでいますね。


「ほら、迷宮入り口の上あたり、小さな羽虫が飛んでいますよね。あれも実は迷宮産の魔物でして、厄介な病原菌を媒介していることで有名なのですよ。迷宮内で発生する病気や毒というのは、魔法での治癒がとても難しくてですね。あらかじめ、レジスト系術式で耐性を上げておかない……と……」


 ニュース画面では、その羽虫が幾つも飛び出し、どこかへ飛んでいっているのが見えます。

 ああ、これはあれですね昆虫系ダンジョンだという事で羽虫は無視しましたか? それとも小さすぎて見逃しましたか? ダンジョン調査の場合、まずは入り口付近は結界で覆って内部の魔物が外に溢れないようにしなくてはなりませんよ……って、やばいやぱいやぱい。、あれは駄目です危険すぎます!


「……あ、この小さい奴か。あまりにも小さすぎて、良く見えなかったわ」

「ああ、分かる分かる。目に闘気を集中したら、はっきりと見えたわ」

「赤外線ゴーグルで確認可能か? いや、赤外線サーマルカメラで捉えられるか? 如月3曹、そのあたりは分かるか?」

「サーマルカメラ? って、これは有働3佐っっっ」


 最後の問いかけは、有働3佐でしたか。

 いやいや、食堂で昼ごはんですか、今日は愛妻弁当ではないのですか?

 って、そうじゃない。


「ん、今の質問の返答は?」

「はっ、異世界のモンスターも、不思議なことに呼吸器官が地球の生物と同じものが多数存在します。主に哺乳類系、爬虫類系、両生類系、鳥類系などは該当し、昆虫系も大半は呼吸により生命活動を維持しています。なお、生命体としての活動を行うために、酸素ではなく大気中の魔素を呼吸として体内に取り入れている者も多種多数存在しています」


 ビシッと気合を入れた返答。

 ちなみにゴブリンなどの『妖精種』や、コボルトといった『精霊種』は呼吸を必須としていません。

 魔素取り込みに必要なものではあるものの、人間でいう『皮膚呼吸』のようなものでも魔素を取り込むため、迷宮の中に毒ガスを流し込んだりしても効果が発揮しない場合もあります。


「なるほどな。これは報告書として総監部に提出しても?」

「構いません。国内に自然発生型迷宮が出現した際にでも、お役立ていただければ幸いです」

「わかった、ありがとう……それと、このニュースで如月3曹が見た羽虫というのは、それほど厄介な疫病を伝染させる可能性があるのか?」


 うん、昆虫系・動物系の魔物は実に厄介なんですよ。

 

「私が異世界で経験したことですが。あの羽虫が齎した病にもいくつかの種類がありまして。厄介なのは、ヨハンナが命名した『ゴルゴニア病』ですね、石化病とも呼ばれていまして、刺された幹部から徐々に体細胞が石化し、やがて神経を蝕み心臓や脳を石化させて殺すというものです。まあ、石化解除薬を振りかければ蘇生できるのですが、時間経過により蘇生率が変わります……」


 そのほかにも、『出血病』といって傷から血が噴き出すもの、『ラティン・シンドローム』という、強制的に発情させて性交を促すもの、『ブラックスター病』という、全身に黒い紋様が浮かびあがりアンデット化するものなど、多種多彩ですよ。

 

「……という種類もありす。実は、ダンジョンマスターが何者かによって、迷宮内で発生する疫病が変化しましてですね……昆虫種なら、出血病かゴルゴニアあたりかなぁと思うのですが、『魔素熱』というものにかかる可能性があります……まあ、これは大したことがありませんけれどね」

「そうなのか?」


 魔素熱は、体内の魔力が暴走し増大するというものです。

 こう聞くとよいことにしか聞こえませんけれど、突然、体内に制御不可能な魔力が増えるのです。

 結果として神経系統に負荷がかかり、『腰痛』『片頭痛』『筋肉痛』といった症状が現れ、魔体内魔力が少しだけ引き上げられます。

 ダンジョンがある地方などでは、わざと魔素熱に罹患し、魔力値を上げて魔法使いになるといった民間療法まであるぐらいですからね。


「……それはつまり、フランス人が魔素熱に罹患した場合、魔法使いとして覚醒する可能性があるという事かね?」

「いえいえ、体内魔力量が『魔法使いの最低適性値になる』というだけですね。そもそもこれとこれが無くては、魔法なんて使えませんから」


――シュンッ

 説明しつつ、アイテムボックスから魔導書と発動杖を取り出して提示します。

 この発動仗は、小笠原1尉に手渡した弟子の証ではなく、魔法協会で後進育成に使用される、『練習杖』です。

 ちょっとこの前の連休中は暇だったもので、自宅で作ってみました、出来ました。


「そういう事か。まあ、一通り報告しても? いや、今の説明を、まとめてレポートとして提出。期限は一週間以内で」

「了解しました」


 ああっ、仕事が増えた。

 でも、フランス、大丈夫ですかねぇ。

 あの羽虫が疫病を媒介していなければ、良いのですけれど……。

 うん、余計なことは考えない、私の悪い癖です。

 また、フラグが立ってしまうじゃないですか。

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