第30話 辿るは軌跡

 浮いている水の塊が形を変える。

 管のように細長く伸びていき、天頼が指差した木に接触する。


「これであの木を斬れるか試してみてもらっていい?」


「了解」


 斬撃の起動地点を水と木が触れているところに設定。

 程なくして水の表裏をそれぞれ駆ける斬撃が目標地点に到達すると、そのまま木をぶった斬ってみせた。


「おっ、斬れた」


 なるほど、水で斬撃の通り道を作ることで擬似的に宙を飛ぶようにしてんのか。

 確かにこれなら飛んでいる敵にも通用するけど……天頼ありきだよな、この方法。


「よしよし、ここまでは私の見立て通りだね」


 うんうんと頷いてから、天頼は最後に残った水の塊を操る。

 さっきと同じように近くの木に水を伸ばすも、今度は触れる少し手前のところで動きを止めた。


「じゃあ、次も同じように木を斬れるか試してみて」


「あ、ああ……」


 いや、あれは無理だろ。

 思いつつ、もう一度木に斬撃を発生させるように目標を設定する。

 案の定、水面の裏側を駆け巡っていた斬撃は目標に届く事なく、相変わらず水の中を走るだけだったが——、


「は……?」


 水面を走り回っていた斬撃に関しては違った。

 先端まで届くと、何も無いはずの空間を伝って目標の木に到達してみせたのだ。

 そして、設定していた地点に斬撃が触れた瞬間、遠隔斬撃が起動し、木を両断してみせた。


「え、いや、ちょっと待て……マジで何で斬れた」


「やった、こっちも私の見立て通りだ! ね、どうしてか気になる?」


「ああ、教えてくれ。この通りだ……頼む、一葉」


 プライドもクソもあったもんか。

 駆け引きも無く素直に頭を下げて懇願すれば、僅かな沈黙を挟んだ後に、


「えっと、そこまでしなくてもちゃんと教えるよ……」


 どこか弱々しく困惑した声が返ってくる。

 顔を上げれば、天頼は何故かほんのり頬を赤くしていた。


「もう……これじゃあ、剣城くんに意地悪してるみたいじゃん」


 それから一呼吸。


「——水と木の間に高密度の魔力を繋げておいたんだ。君の斬撃は、そこを通って木に届いたってわけ。仕掛けは単純でしょ?」


「まあ、単純っちゃ単純だけど……」


 何そのイカれた魔力操作技術。

 なんで体外で……しかも遠隔でそんな芸当が出来んだよ。

 やれと言われても普通に余裕で無理だぞ。


 でもまあ、高密度の魔力に斬撃を走らせられることが判明したのはデカい収穫だ。

 一応、魔力も物質といえば物質だしな。

 浮いてる水にも遠隔斬撃を伝播させることができるなら、高密度の魔力に伝播させることができんのも不思議ではない……のか?


「それで、どんくらい魔力を圧縮させればいいんだ?」


「んーとね……これくらい」


「できるか!!」


 天頼の掌に灯った魔力は、今の俺にはどうやっても練り上げられないレベルの密度で生成されていた。

 身体の一部とか刀身に纏わせたりするのであればギリ可能かもだけど、遠隔で何も無い場所にそれだけの魔力を集めるのは至難の技だ。


「えー、これでも最低限ってレベルなのになあ。これくらいは出来てもらわないと」


「無理言わないでくれ。つーか、一朝一夕でどうにか出来るもんじゃねえだろ、それ」


「そうかな。剣城くんならちょっとコツさえ掴めればなんとかなると思うけど」


「買い被り過ぎだ。俺はお前みたいにナチュラル天才じゃねえんだぞ」


 言うと、天頼はきょとんと小首を傾げる。


 えっ、何その反応。

 やればできる子でしょ、みたいな顔しないでくれます?


「——出来るよ。剣城くんなら、必ず」


「そう思う根拠はあんのかよ。気休めとか慰めだったらいらねえぞ」


「あはは、変なこと言うね。根拠はあるよ。だって剣城くん、魔力操作の基礎は固まってるもん。それこそ十二分にね。だから、君にあと必要なのは、ちょっとしたコツだけだよ」


 お前もボスみたいな事言うのな。

 はあ……ったく、ちょっとしたコツとか些細なきっかけとか、そんなもん分かれば誰も苦労しねえっての。


 堪らず後頭部をガシガシと掻きむしる。


 ——だとしても、だ。


「ありがとう、一葉。おかげでどうしたらいいか方向性は定まった」


「あ……う、うん。それで、剣城くんはどうするつもりなの?」


「具体的なやり方は、これから考えるとして……一葉、そいつを弾丸にしてあそこに飛ばしてくれないか?」


 残った水の塊を指差して頼むと、


「うん……分かった」


 歯切れの悪い反応ながらも、天頼はこくりと頷くと、近くに残った遠隔斬撃が水の塊を圧縮させ、弾のようにして撃ち出す。

 そうして放たれた水の塊が木に触れた瞬間——スキルが起動、水の表裏に仕込んであった二つの斬撃が木に叩き込まれた。


「まだ出来るイメージは微塵も湧かねえけど……これを自力でやる。そうすれば地面を這わせずとも遠隔斬撃を飛ばせるし、空中や水中にいる相手にだって当てられる」


 高密度の魔力の塊を飛ばす程度であれば、術式系のスキルが無くとも可能なはず。

 魔力の圧縮も射出も魔力操作技術だけで完結するものだから。


 何はともあれ、ヒントは得た。


「後は——鍛錬と試行錯誤の繰り返しだな」


 呟くと、天頼が見るからに上機嫌な様子で俺を見つめてくる。


「……何?」


「ううん、なんでも。……そろそろ事務所に戻ろっか。もう十分、散歩も楽しめたし。ありがとね、私の我儘に付き合ってくれて!」


「……あ、ああ。どういたしまして?」


 まだダンジョンに入ってからそんなに時間経ってねえけど、もういいのか。

 ……ま、本人が良いっていうならそれで良いか。


 こうして俺たちは、ダンジョンを出て事務所に帰ることにした。

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