第67話 銀と鋼 -2-
——岩代銀仁。
「知っての通り、東仙の前に組合筆頭を担っていた男であり、そして——鋼理の実の父親だ」
「……本当に親子だったんだ。でも、なんで剣城くんと名字が違うんですか?」
「それは、周囲にはずっと旧姓で通していたからだ。実際は、婿入りして剣城に姓を改めている」
「マジかよ……! 初耳だぜ、そんな話」
海良が困惑の笑みを引き攣らせる。
「無理もない。子供がいた事を含めてこの事実を知るのは、一部の上層部とあいつと親交の深かった人間だけだったからな」
「……ああ、なるほど。そういうことか」
言われて海良は、何かを察したようで、うんと頷く。
だが、四葉には何のことかさっぱり分からず、陽乃も同様の疑問を抱えていた。
「ボス、どうして名字を隠す必要があったのですか? わざわざそこまでする必要が感じられないのですが……」
「——多分だけど、過去に組合筆頭の妻子が殺されたって事件が関係してんじゃねえかな」
それに答えたのは海良だった。
「組合の仕事ってものによっては、犯罪者から逆恨みを買いやすいからな。特に武力で解決するタイプの奴は……って、すんません。いきなり口挟んでしまって」
「いや、気にする必要はない。海良の言う通りだ。銀が組合筆頭になるよりもずっと前、当時の組合筆頭の妻子が犯罪者組織に殺害される事件があった。少し前に壊滅させた犯罪組織の残党による報復だった。公にされてはないがな」
「そんなことが……」
四葉は思わず両手で口元を覆う。
ズキリと胸が痛み、つい目を伏せてしまう。
——死に敏感になっている。
普段であればそこまで気にしなかったのだろうが、今はどうしても心にきてしまう。
「以降、同じ惨劇が起きないよう組合筆頭の家族情報は、可能な限り秘匿されるようになった。それがあいつが岩代で通し続けていた理由だ。そして、蛇島は——その事実を知っていた数少ない人間だった」
「そうか、だから蛇島は……てことは、あれはやっぱ俺の幻聴じゃなかったんだな。となると——蛇島がコイツの両親を殺したのも事実なのか」
海良が呟いた途端、
「……おい。それは、どういうことだ?」
龍谷の眉間に皺が寄った。
ドスの利いた低音に海良は、びくりと肩を震わせるも、
「SAが蛇島に向かって叫んでたんです。両親を殺したお前だけは、絶対に地獄に連れて行ってやるって」
「……間違いないのか?」
「間違いないっす。半分意識ぶっ飛んでたんで全部の会話が聞けていたわけじゃないですけど、あれは間違いなくSAの声でした」
自身の耳を指先でとんとんと叩いて断言した。
スキルの影響で海良は、人並み外れた聴覚を有しているという。
それもあってかこれ以上、龍谷が追及することはなかった。
「……でも、どうして蛇島は剣城くんが先代と親子関係にあるってことに気付けたんだろう。見た目が似てるからってだけで分かるものなのかな」
仮に蛇島が鋼理の存在を知っていたとしても、素顔を見てすぐに見抜けるとは考えにくい。
そもそもあの時点でSAが剣城鋼理だと知っていたのは、四葉と陽乃、それと龍谷の三人だけなのだ。
にも関わらず、顔を見ただけで岩代銀仁と結びつけられるものだろうか。
四葉の答えは、龍谷が持ち合わせていた。
「顔は確信する為の最後の判断材料に過ぎない。奴が鋼理の正体を見抜いたのは、スキルと戦い方だ」
「スキルと戦い方……ですか?」
「銀の戦い方は、打刀と脇差を用いた二刀流の剣術と指定した地点へ斬撃を伝播し、発生させるスキル——遠隔斬撃を組み合わせたものだった」
「……、っ!? え、それって——!!」
瞬間、四葉は思わずハッと息を呑む。
まるで——いや、違う。
そんなレベルじゃない。
その戦い方はまさに——、
「今の鋼理の戦い方そのものだ。そして、鋼理に譲った刀は——銀の形見だ。あまり銀について触れて欲しくなさそうにしていたから、まだ本人にはそのことは伝えてないがな」
ようやく全てが繋がった。
鋼理が異様なほど剥き出しにした激しい憎悪と怒りの原因が。
一連の失踪事件と十年前から続く因縁が。
——今、はっきりと分かった。
もう一つのことについても。
(……剣城くんにあげたあの刀、やっぱり大事な物だったんだ)
実を言うと、ずっと気に掛かっていた。
龍谷がどうしてあの二刀を鋼理に譲ったのか。
刀を鋼理に譲渡する際、龍谷は事務所の倉庫で眠っていたものと説明していたが、本当は龍谷自らが大切に保管していたどころか時折、丹念に手入れをする程の代物だったからだ。
余程の理由がなければ、譲るなんてことはまず考えられなかった。
しかし、それが彼の亡き父親の形見であれば話は変わってくる。
寧ろ、あるべき場所へ返還されたと考えるべきだ。
そして、一つの事実に気づく。
(……そっか、ボスは最初から剣城くんのことを分かっていたんだ。きっと、あの日——私が剣城くんに助けられた日には、もう)
あの時から全てが動き出していたのだと。
だからこそ、四葉は強く思う。
——今の自分が彼にしてあげられることは何かあるのだろうか、と。
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