間章

第66話 銀と鋼

 深夜三時。


 しんと静まり返った病室の中、四葉は茫然とした眼差しでベッドを見つめる。

 視線の先——月明かりに照らされて眠るのは、人工呼吸器を取り付けられ、すっかり衰弱しきっている鋼理だった。


 蛇島大魑と鬼垣重造が逃亡した後、すぐさま近くに冒険者組合が所有する医療施設に運送され、医師達の懸命の治療によりどうにか一命は取り留めたが、未だ予断を許さない状況にある。


 猛毒の侵蝕が酷かったこともそうだが、それ以上に魔力の消耗があまりにも激しかったのが原因だ。

 限度を超えた魔力の消費は、生命に関わる。

 現在の鋼理は、魔力欠乏でいつ命を落としてもおかしくない状態だという。


「——剣城、くん……」


 縋るような思いで鋼理の名を呟く。


 さっきからずっと身体の芯から凍りつくような、胸にぽっかりと大きな穴が空いたような感覚に陥っている。

 この感覚には憶えがある。


 これは、そうだ——十年前、目の前で両親がモンスターに殺された時と同じだ。


 そのことに気づいた途端、視界が急激に滲み出すも、


「四葉ちゃん、まだ起きてたんスか」


 ふと聞こえてくる入り口からの声。

 顔を向ければ、崎枝が優しげな表情を浮かべ、四葉の元へと歩いて来ていた。


「奈緒ちゃん」


「ちゃんと休まなきゃダメっスよ。四葉ちゃんまでも倒れちゃったら元も子もないんスから」


「……はい」


 諭すように言う崎枝に対して四葉は、歯切れの悪い反応で小さく頷く。


 休むべきなのは自分でも分かっている。

 起きていたところで自身が鋼理にしてやれることは無い。

 だが、どうしても眠る気にはなれず、身体も休息を拒んでいる。


 もし眠っている間に鋼理が帰らぬ人になってしまったら——そう考えるだけで、心底恐ろしくて堪らない。


 押し寄せる不安に震える拳をきゅっと握りしめる。

 すると、崎枝が四葉の後ろに回り、両肩にポンと手を乗せ、


「そんなに怖がらなくても大丈夫、SA君は必ず目を覚ますっス。その時に四葉ちゃんがフラフラになってたら逆に心配かけちゃうっスよ」


「……そう、ですね」


 ——大丈夫、剣城くんを信じよう。


 そう自分に言い聞かして四葉は、鋼理の手を両手で祈るようにそっと握りしめる。

 ずっと剣を振ってきたことで掌はマメだらけで硬く分厚くなっており、血の滲むような努力の跡が窺える。

 多分、何年にも渡って鍛錬を積み重ねてきたのだろう。


 自分なんかよりもずっと、ずっと——。


 思ったところで、ふと研究所地下での鋼理の姿が脳裏に過る。

 激しい憎悪が籠もった瞳。

 意識を失う瞬間まで鋼理は、見ているこちらが恐怖を感じる程の怨嗟と殺意を蛇島にぶつけていた。


 まさか鋼理があんなに怒り狂った姿を見せるとは思いもしなかった。

 何が原因でああなってしまったのだろうか。


 思案していると、


「今気付いたんスけど……SA君って、先代の組合筆頭と顔が似てるっスよね」


「……言われてみれば、確かに。——ああ、そっか。前に写真を見た時に既視感を感じたのは、剣城くんと似ていたからだったんだ」


 初見で気づかなかったのは、写真を遠目から見ていたことや憧れの存在と話せて舞い上がっていたからだろう。


「偶然っスかね?」


「——いや、偶然じゃねえぞ」


 答えたのは、隣のベッドで眠っていたはず人物だ。

 視線を向ければ、鋼理と共に行動をしていた冒険者——海良が頭をガシガシと掻きながら上体を起こしていた。


「信璽っち! 良かった、目が覚めたんスね!」


「まあな。つっても、生身であの高密度の魔力に当てられた影響で、まだちょっとだけ頭がグラグラしてるけどな」


「待っててください、すぐに先生呼んでくるっス! ……あ、でもその前に、偶然じゃないってどういうことっスか?」


「蛇島の攻撃を喰らって伸びてる時、朧げにだけど聞こえたんだよ。SAが——先代組合筆頭の息子だったことを知って鬼垣の驚く声が」


 瞬間、四葉と崎枝の目が大きく見開いた。


「え、それ……本当、なんスか?」


「多分ガチだ。その後にSAが蛇島にブチ切れてたからな。両親を殺したお前だけは地獄に連れて行くって」


「そう、だったんだ……」


 ようやく合点がいく。

 何故、鋼理があれほど怒りを露わにしていたのか。


(だけど……両親を殺したって、どういう——)


「SA君がそんなに怒るって、あそこで一体何が……いや、ともかく先生呼んでくるから信璽っちはそこで安静にしてるっスよ!」


 そう言い残して、崎枝は勢いよく病室を飛び出す。

 彼女と入れ違う形で見知った人物が二人、病室に入ってきた。


「——陽乃、ボス。どうしてここに……!?」


「東仙と阿南から連絡を貰ってな。それより、鋼理の容態はどうだ?」


「何とか一命は取り留めてます。けど魔力の消耗が激しく、まだ安心できる状態ではないみたいです」


「……そうか」


 ギリ、と龍谷の口元が歪む。

 サングラス越しでも遣り切れないような表情をしているのが伝わってきた。


 そんな龍谷に四葉は、恐る恐る訊ねる。


「——あの……ボス」


「どうした?」


「一つ教えて欲しいことがあるんです。先代組合筆頭、岩代銀仁について。ボスなら知ってますよね?」


 途端、龍谷が驚きを露わにする。

 しかし、すぐに平静さを取り戻し、


「ああ。その様子だと、気付いたということでいいんだな?」


 龍谷の問いかけに四葉はこくりと頷く。


「はい。剣城くんとの関係については、今さっき知ったところです」


「——分かった」


 言って、龍谷は隣にいた陽乃を丸椅子に座るように促す。

 彼女が近くに置いてある丸椅子に腰を掛けるのを確認すると、自身も近くの椅子に腰を下ろした。

 そして——、


「俺が知り得る限りの情報を教えよう。岩代銀仁という男について」

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