第65話 救援、そして宣戦

 それは、自然に発生した風ではなかった。

 若干だが魔力を帯びている——術式によるものだ。


 風属性魔術の使い手が来ている。


 ——この魔力は……!


 けれど、天井に大穴を抉じ開けたのは、別の術式によるものだ。

 もう一人の術者を察知した途端、蛇島は開いた天井に視線を遣り、苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。


「……してやられましたね。さっきの衝撃波は攻撃ではなく、救難信号を飛ばすことが目的でしたか」


 しかし、すぐさま視線を俺に戻し、生成していた毒の弾丸を撃ち放つ。

 ——弾丸が俺に命中することはなかった。


 毒の弾丸ごと蛇島が、俺の目の前に発生した何かによって弾き飛ばされたからだ。


「何が、起きた……?」


 風属性の術式ではない。

 まるで磁力に反発したような動きだった。


 一緒に近くに立っていた鬼垣がいきなりその場に倒れ込む。

 自身に何が起きたのか理解できず、混乱しながらも鬼垣は、どうにか起きあがろうとするも、何かに押さえ付けられているのか全く身動きを取れずにいた。


「おい、動けねえぞ! 一体どうなってんだよ……!!」


「……残念ながら、どうやら時間切れのようです」


 壁際まで飛ばされた蛇島が天井を見上げる。

 すると、大穴から二つの影が飛び出し、ようやく術者が姿を現す。


 一人は、黒い長髪をハーフアップに束ねた長身の男性——東仙慶次。

 それともう一人は全身に暴風を纏った——天頼だった。


(——さっきの魔力……やっぱ、そうだったか)


 あの術式は、確か……遊雲。

 空を飛べる術式だったはず。


 地上に降り立った天頼と視線が合う。

 瞬間、俺の状態に気づいた天頼の表情が真っ青になる。


「剣城くん!!」


「……天頼、か。すま、ん……しくじった」


「酷い……大丈夫、絶対に助けるから!!」


 全速力でこちらに駆け寄った天頼は、俺を仰向けに寝かせると、


穢浄癒滴えじょうゆてき


 水属性の術式を発動——包み込んだ両手の中に生成された水が雫となって俺の胸元へと落ちていく。


 雫は衣服をすり抜けて、俺の体内へと吸い込まれる。

 一滴、また一滴と雫が滴る度、ちょっとずつ全身を苛む苦痛が和らいでいく。

 そして、術式が発動を終える頃には、大分呼吸が楽になっていた。


 ——体内の毒がかなり弱まっている。

 これなら身体強化を解いたとしても、すぐ死に至らずに済む……はず。


(というか、天頼……治癒術も使えたんだな)


「……ありがとな」


 どうにか声を絞り礼を告げた途端、急激に視界が眩む。

 今まで無理して来た反動が一気に返ってきたからだろう。


「っ、剣城くん……!? 嘘……やだ。ダメ……!!」


 ヤバいな、もう意識が……。

 だけど、もう少しだけ保ってくれ。


「蛇島。お前だけは……絶対に殺してやる。今ここで……!!」


 殺意を剥き出しにしながらさっき落とした脇差を拾い上げるも、もう魔力を流し込めるだけの余力は残っていない。

 それどころか魔力も完全に底を突き、身体強化が解除されてしまい、脇差は再び俺の手から滑り落ちた。


(く、そ……!!)


 腸が煮え繰り返るような怒りに駆られながら、ギロリと睨みつけた先では、東仙さんと蛇島が対峙していた。


「——蛇島さん。信じたくはありませんでしたが、一連の事件は、やっぱりあなたの仕業だったんですね」


「ええ、その通りです。ネタバラシはもう少し先の予定だったのですがね。そこで倒れている二人のおかげで、計画に少々狂いが生じてしまいました。いやはや、やはり組合の人間は侮れないものですね」


「それはあなたが一番ご存知でしょう」


「ふふ、確かに。それもそうですね」


 組合筆頭を目の前にしているにも関わらず、蛇島は態度を崩さない。

 ……いや、余裕そうに見せている、と言うのが正しいか。

 さっきの表情を見る限り、内心はそれなりに焦っていると思われる。


「しかし……まさか東仙さん、あなたが直接出向いてくるとは」


「蛇島さんが裏で手を引いている可能性が考えられる以上、僕が出るべきだと思いまして。もし本格的な戦闘になった場合、あなたに勝てる人間は殆どいませんから。そう思ってましたが……その様子だと一泡吹かされたみたいですね」


「お恥ずかしながら。流石は、先代のご子息です」


「——っ!? やっぱり、そうだったのか……!」


 東仙さんが目を見開き、俺を一瞥する。

 あの様子からして、俺の素性について薄々勘づいてはいたようだ。


「……まあでも、色々と想定外の事態こそ起きましたが、計画には何ら問題はありません。ここでやるべき事も全て済ませましたので、私どもはこれでお暇させていただきます」


「大人しくこのまま行かせるとでも思いですか?」


「いいえ。ですが、このまま私とあなたが本気で殺り合えば、あそこで収容されている彼らは確実に巻き添えを喰らって死にますよ。加えて、そこで倒れている二人も早く安静な場所に連れて行かないと命に関わりますよ。それでも戦いますか?」


 蛇島が水槽に収容されている冒険者達に視線を遣りながら言うと、東仙さんに一瞬の躊躇いが生じる。

 その僅かな隙を見逃すことなく、


「——致毒の奔竜アズ・ジハード


 蛇島は毒竜を生み出す術式を発動させた。


 竜を模した膨大な毒液の奔流が室内全てを飲み込む。

 東仙さんと天頼は即座に防御用の術式を起動し、蛇島の攻撃をやり過ごす。

 倒れている海良さんや収容されている冒険者達は、東仙さんが守ってくれていた。


 しかし、視界が晴れると、さっきまでいた場所に蛇島の姿はなかった。

 拘束されていたはずの鬼垣を回収して部屋の隅まで移動していた。


「くっ……抜かった」


「鬼垣さん、よろしくお願いします」


「あいよ——魔力複製マジックペースト!」


 鬼垣が掌を床に当てがうと、魔法陣が展開、足元が光に包まれる。


 ——あれは……転移罠か!?


「それでは皆様、またお会いしましょう。次は——阿鼻叫喚なる戦場で」


「待て、蛇島……蛇島ァ!!!」


 必死の叫びも虚しく、光が収まると蛇島と鬼垣の姿は消えていた。

 そして、そこで俺の意識はぷつりと途切れた。




————————————

これにて第三章終了です。

一度間章を挟んでから、次の章に入ります。

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