第64話 喪失の真相

 殺した?

 この男が……岩代銀仁を殺した、だって?


 手放しかけていた意識が急速に戻る。

 途端、動かなくなったはずの身体から力が湧いてくる。


 力の根源は——激しい憤怒と憎悪だ。


 胸の奥底から際限なく込み上げ、溢れ出す純粋な殺意。

 気づけば俺は、無意識に起き上がり蛇島の胴体を叩き斬っていた。


 しかし、毒液で流動化した蛇島の実体を捉えることは出来ず、またも距離を取られてしまう。


「なっ……このガキ、動きやがった!! どこにそんな力を……!?」


「激情と極限状態で肉体と魔力のリミッターが外れましたか。まあ、当然ですよね。何せ——あなたのを殺した張本人が目の前にいるのですから」


「はあああっ!? こいつが先代組合筆頭の息子だと……!?」


「ええ、前々からそうじゃないかと思っていましたが、今こうして相対したことで確信に至りました。サイレンスアサシンは——」


「黙れよ!!」


 血反吐を撒き散らしながら、俺は蛇島の言葉を遮る。


「お前、首を叩き斬られる覚悟はできてんだろうな」


 恐らく、俺の命が保つのもそう長くはない。

 あと十分あるかどうかくらいか。


 どうせ死ぬなら全ての力を出し切ってからだ。

 勝てねえとかどうでもいい。

 刺し違えてでもコイツだけはぶっ殺してやる……!!


「……ああ、そういえば。その時ついでに女も殺しましたね。近くの瓦礫に埋もれた黒髪の女。……そうそう、彼女は岩代さんの——」


「死ね!!!」


 衝動に駆られるまま蛇島に飛び掛かる。


「——ヴェネノ・トレス」


 目の前を毒液の奔流が覆い尽くす。

 それにいち早く反応し、攻撃の範囲外まで逃れ、蛇島の間合いの内側に潜り込む。


 俺がここに来ることを予測していたのか、既に毒液を纏った蹴りが飛んできていたが、当たる寸前で身体を捻り攻撃を回避する。

 その際、毒液が額を掠めるが、体内に混入する前に魔力で吹き飛ばす。


「素晴らしい! その魔力量……やはり、私の目に狂いは無かった!!」


「蛇島ァ!!!」


 ありったけの魔力を刀身に注ぎ込み、大小二刀で斬り刻む。

 途中、ほぼほぼ脊髄反射だけで反撃を躱しながら、体力の続く限り何度も斬撃を浴びせる。


 単発の攻撃だと無効化されてしまう以上、遠隔斬撃は使えない。

 純粋な剣技と体術で攻めていくしかない。

 案の定、こちらの攻撃は一つも通らなかったが、それでも暫く斬り続けていると、蛇島に変化が生じる。


「——っ!?」


 脳天に目掛けて打刀を振り下ろすと——甲高い音、途中で硬い物体に防がれる。

 蛇島の両手には凝固させた毒の刃が握られていた。


「そう驚くことではないでしょう。液体を固体に変化させて硬度を高めるくらい造作ではありませんよ」


 言って、蛇島が毒のナイフを振るう。

 今となっては関係ないけど多分、これも掠るだけで致命傷となる。

 躱すのが無理そうなら、受け止めて押し返す。


 それから刃同士での攻防を繰り広げると、


「……しかし、意外と冷静ではあるんですね。こちらとしては、怒りで我を忘れてくれた方が有難いのですが」


「そんなんじゃお前を殺せねえだろ……!! 絶対、お前だけは地獄に連れて行ってやる。親父と母さんを殺したお前だけは必ずな!!!」


「やれやれ……怖いものですね。ですが、そんなボロボロの身体で何が出来ると——っ!?」


 打刀で毒の刃を斬りつけた瞬間だった。


 刀身から伝播した斬撃が毒の刃を経由し、蛇島の首筋を斬り裂いた。


「なっ……!?」


「チッ!!」


 浅い……!!

 魔力の防御を破れなかったか!!


 ——防御の意識が薄れた瞬間を狙ったんだけどな……!


 だが、これで一つ分かった。

 肉体の毒液化は強力な防御ではあるが、発動には何らかの制限がある。


 時間か食らったダメージ量か——何にせよ、常にそいつを発動し続けられるわけではない。

 そして、今はその防御が使えない状態にある。

 打刀の遠隔斬撃を防げなかった時点でそう考えていいはずだ。


 さっきまでは毒液化を警戒して遠隔斬撃を放てずにいたが、これなら相打ち覚悟での特攻が出来る。

 魔力による防御が厚くなっているだろうが、後は脇差で首をブッ刺して遠隔斬撃を発動させれば——!!


 打刀を放り投げ、空いた右手で蛇島の胸ぐらを掴む。


「終わりだ!!!」


 同時に脇差を逆手に持ち替えた——その時だった。


「な……っ!?」


 急に全身から力が抜け、力強く握りしめていたはずの脇差が左手から滑り落ちる。

 膝から崩れ落ち、そのまま床に這いつくばってしまう。


「ど、うして……!?」


「どうしても何も、あなたが動けていたのは、身体のリミッターが外れていたからに過ぎません。肉体が真の限界を迎えてしまえば、こうなるのは必然です。あなたがどれ程強い意志を持っていたとしたともね」


「クソ、が……っ!!!」


 どうにか顔を上げ、殺意をぶつけながら蛇島を睨みつける。


 ——くっ、もう声すらまともに出ねえ……!!


「いやはや、油断をしていたつもりは無かったのですが、今のは肝が冷えました。流石は岩代さんの息子だ。死にかけていても侮れない実力を秘めている」


 毒を使って止血しながら蛇島は続ける。


「とはいえ、今度こそ終わりです。これほど魔力量を持つ人間を殺すのは些か勿体無いですが……両親の元へと送って差し上げます」


 手にしていた毒のナイフをどちらも液体に戻し、圧縮させる。


「では、ゆっくりとお眠りくださ——」


 そのまま毒の弾丸を俺の脳天に放とうとした瞬間だ。


 突如として、さっき海良さんが衝撃波で撃ち抜いた天井辺りに大穴が開く。

 直後、開いた大穴から荒れ狂う烈風が降り注いだ。

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