第71話 自壊と積み重ねてきた対価

 意識を取り戻してから一夜明けて。

 朝、目が覚めた瞬間から俺は、ある違和感を覚えていた。


 ——何もしていないのに、魔力が身体に満ち満ちていた。


 今までに感じたことのない充足感と全身の軽さに思わず「気持ち悪っ!!」なんて叫びながら飛び起きてしまったほどだ。

 おかげで俺の叫び声に驚き、慌てて駆けつけた天頼と傍目から見ても分かる程の変化に二人で騒いでたら、遅れてやってきた上屋敷に注意されたりしたが……それは置いておくとして。


 俺が感じた違和感は、実際に数値として顕れていた。


「これは……!? 魔力の総量と出力が共に跳ね上がってますね」


 魔力の測定を終え、数値を確認した医師が舌を巻く。

 昨日の測定データと照らし合わせながら医師は続ける。


「こちらが昨日の数値で、こっちが今し方計測した数値になります。昨日と比べて出力は三割強に増加し、総量に至っては倍以上となっています。一夜でこれほど変化するなんて本来であれば、まずあり得ないことです」


「まあ、そうですよね。でも……現にこうなってんだよな。一応確認ですけど、計測ミスって可能性は無い……んすよね?」


「誤りはない筈です。念の為、計測器を変えて測定し直してみますか?」


「……じゃあ、お願いします」


 というわけでもう一度、機械を変えて魔力を測り直してみたが、さっきと結果が変わることはなかった。

 自分でも誠に信じがたいが、魔力が急激な成長を遂げていた。


「え、マジで数値上がりまくってんじゃん。なんでこうなった……!?」


 戸惑いを隠せずにいると、医師が難しい表情を浮かべながら、


「これは、あくまで私の推測ですが……もしかしたら命の危機に瀕する程の極限状態に陥った結果、生存本能がこれまでの出力の限界値を大きく引き上げた。あるいは、無意識に設けていたリミッターを取っ払ったのかもしれませんね」


「……なるほど」


 言われると、そうかもと思える。

 確かに、あの時は後のことは何も考えてなかったからな。


 ——それがきっかけで出力が大きく跳ね上がった……のか?


「ですが……それだと魔力の総量が大幅に上昇したことに対しては、説明がつかないんですよね。多少変動にブレのある出力と違って、魔力量は本来、長い時間をかけて少しずつ増えていくものの筈ですから」


 魔力量はよく筋肉のようだと例えられる。

 鍛えればゆっくりと増えていき、使わないでいれば緩やかに減少していく。


 実際の筋肉と異なるのは、加齢による衰えは発生しないということか。

 だから、術士タイプの冒険者は老人になるほど腕利きになる傾向がある。


「じゃあ、剣城くんの魔力量の増えようは一体……?」


「——斂魔鉱石だ」


 答えを口にしたのは、ボスだった。


「斂魔鉱石って……例のステルスマントの素材に使われていたアレっすよね」


 確か、周囲の魔力を吸収する性質を持つっていう。


「ああ、それだ。鋼理、お前に一つ確認したいことがある」


「な、なんでしょうか……?」


「ずっと訊かずにいたが——銀の木刀を持っているか?」


「っ!?」


 言われて、俺は大きく目を見開く。


「もしかして、超スーパーな木刀のこと……っすか」


「……やはり、お前が持っていたか。なら答えは早い。それがお前の魔力量が大幅に増加した理由だ。正確に言うのであれば——増加していたように見えた理由だ」


「えっと……それは、どういうことでしょうか?」


 医師がおずおずとボスに訊ねる。

 ボスは徐に俺を一瞥してから、


「——鋼理の魔力量は突然増えたわけではなく、最初からそれほどの総量を誇っていたのです。当の本人が己の最大値を把握していなかっただけで」


「ええ……そんなことあります?」


「あるから言っているんだ。お前の言うところの超スーパーな木刀には、特別な加工が施された——斂魔鉱石が仕込んである。それが答えだ」


 言われた途端、当時に交わしたやり取りが脳裏に蘇る。


 ——『ただの木刀じゃん』


 ——『違う、超スーパーな木刀だ。中に特殊な鉱石が仕込んである』


(ああ、なるほど。そういうことかよ……!!)


 親父の言っていた特殊な鉱石って、斂魔鉱石のことだったのか。

 通りで……!!


「鋼理が魔力欠乏状態に慣れていたこと、それと魔力の回復速度が異常に早いこと。その体質は、銀も持ち合わせていた。だがそれは、長年の修練の果てにようやく獲得したものだ。——加工を施した斂魔鉱石を使ってな」


「斂魔鉱石を使って、って……具体的にはどんなことを?」


 上屋敷が質問を投げかける。

 だが、答えは至ってシンプルだ。


「素振りだ。木刀に斂魔鉱石を仕込んで、毎日欠かさず素振りをする。やることは、ただそれだけだ」


「素振りだけって……それで効果があるとでも言うのですか?」


「あったからこそ、銀は組合筆頭まで伸し上がり、鋼理も今こうして生き延びることができている。それに関しては断言できる」


 測定したデータを見直しながら、ボスは淡々と続ける。


「——だが、この領域に至るまでには相当の根気が必要となる。毎日、大量の魔力の酷使と欠乏によって発生する反動に耐え、それでも弛むことなく剣を振り続ける根気がな」


 それを聞いた他の三人は、俺を見て絶句していた。


 ——なんかちょっとむず痒いな。


「だが、鋼理はそれを見事にやり遂げてみせた。並外れた魔力の回復速度がその証拠だ。そして、ここ数日、木刀に触れずにいたことで今まで全快になることのなかった魔力が回復したことで、今まで自覚することのなかった本来の魔力量に気づけたというわけだ」


「そういうことだったのか。……じゃあ、親父の言っていた通りだったのか」


 超スーパーな木刀を受け取ったあの日、親父が口にしていたことを思い出す。


 俺が十年間地道に積み重ねてきたことは、間違いじゃなかったんだな。

 今ようやく、心からそう思うことができた。

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