第70話 逃亡後の現状
ボスと上屋敷が見舞いに来てくれたのは、すっかり日が暮れた頃のことだった。
「鋼理、目が覚めたか」
「とりあえず、元気そうで何よりだわ」
「ボス、上屋敷。心配かけてすんません」
「謝るな。こうして生きてくれている……それだけで十分だ」
言って、ボスは俺の肩にポンと手を置く。
相変わらずサングラスで表情は読めないが、心底安堵しているであろうことは、手のひらから伝わってきた。
それから、ボスの視線が隣にいる天頼へと向けられる。
ちらりと全身を一瞥すると、
「——四葉、お前はちょっと休んでこい」
「……へ? え、どうしてですか!?」
「どうしても何も……お前、ここ数日ろくに寝てないだろうが。その顔を見れば一発で分かる」
俺のことを思ってくれてのことだろうから、こちらから触れられずにいたが。
確かにボスの言う通り、天頼の目元には大きな隈が出来ていた。
加えて、ここ数日ろくに食べ物も口にしていなかったからか、若干やつれてもいるようだった。
「鋼理を心配するのは分かるが、お前にまで倒れられたらそれこそ洒落にならん。こうして鋼理が無事に目を覚ましたことだし、お前は少し寝てこい」
所長命令だ——念を押されると、ようやく観念したのか天頼は、少しだけ不服そうにしながらも椅子から立ち上がり、病室を後にする。
数日の疲労が祟っていたからか、足取りはふらついており、すかさず上屋敷がフォローに入っていた。
「じゃあ、剣城くん。またあとでね」
「あ、ああ。……ゆっくり休めよ」
(……あんなになるまで傍にいてくれたのか)
ありがたいと思う反面、ちょっとだけ心苦しく思う。
俺を優先して、学校や配信も休んでくれていたようだから。
——必ずちゃんと恩返ししねえとな。
強く思いつつ、二人の姿が見えなくなるまで見送ってから、
「ボス。やっぱり知り合いだったんすね——親父と」
「……ああ。銀とは、組合に入ってからの付き合いだった」
「通りで……じゃあ、最初から俺のことは——」
「気づいていた。お前が四葉を助けてくれた日、ダンジョンのログを照会して、お前の名前とスキルの確認が取れた時からな」
……本当に最初の最初じゃねえか。
親父のことを訊いてきた時には、もう既にある程度の確信を持っているとは思っていたけど。
でもまあ、そうじゃなきゃ初めて会った時に親父の名前を出したりしないか。
「そして、翌日に四葉がお前を連れてきた時、自分の目を疑ったよ。若かった頃の銀とそっくりな人間が目の前に現れたのだからな」
「そんなに似てるんすか」
「まあな。もし、お前が顔を隠さずに組合本部に行けば、それだけでちょっとした騒ぎになるぞ。本部にはお前の存在を把握している連中がそれなりにいるからな」
ボスは目を細めて冗談めかすと、くつくつと喉を鳴らす。
そこまで言われるとちょっと気になるな。
若い頃の親父がどんな見た目だったか。
まあ、それは今は置いておくとして。
もう一つ確認する。
「それじゃあ、俺が天頼とバディを組んだ日にボスが親父の刀を譲ってくれたのは、偶然じゃなかったわけっすね」
「……っ!? 気づいていたのか」
「蛇島に教えられました。ボスがくれた二刀が親父の愛刀だったこと、それから……親父も俺と同じ遠隔斬撃の使い手だったこと」
ベッドの脇に立てかけられた大小の刀を横目にしながら、
「使い始めた時から妙に手に馴染むなとは思ってました。今まで使っていたナイフと比べて、魔力の通りが異常なまでに良かったっすから。ずっと、ボスが預かってくれてたんですね」
「当然だ。銀の形見だからな。だが……黙っていたのは悪かった」
「いや、いいっすよ。もし親父の刀だって分かってたら多分、意固地になって受け取らなかったと思うんで」
親父と比べて、俺は……って変にコンプレックス拗らせてな。
今もコンプレックスが完全に消えたわけじゃねえけどさ。
「……そうか」
「ところで……あれから蛇島と鬼垣はどうなりました?」
——閑話休題。
意を決してボスに訊ねる。
「組合の総力を上げて捜索中だ。だが、予めあそこ以外にも潜伏場所を用意していたのだろう。未だ有力な手がかりを何一つ得られてないのが現状だ」
「……そう、ですか」
けど、仕方ないといえば仕方ないか。
研究所から漏れ出た魔力だって、崎枝さんの眼があってようやく見つけられたくらいだし。
「今日から厳堂カンパニーに捜査が入ったから、そこで奴らの協力者を炙り出すことが出来れば、少しは進展するとは思うが……それでも、まだまだ先は長いだろうな」
——蛇島大魑。
親父と母さんを殺したゲス野郎。
俺の全てを崩壊させた——憎むべき存在。
再び、ドス黒い感情が胸の奥から湧き上がってくる。
——殺す。
あいつだけは、絶対にこの手で殺してやる。
例え地獄に堕ちようと、刺し違えてでも奴だけは——必ず。
拳を強く握り締めた時だった。
「鋼理」
諌めるような声でボスが俺を呼ぶ。
顔を向ければ、どこかもの悲しそうに、
「お前の選択だ。絶対に止めろとは言わないが……その顔、くれぐれも四葉にだけは見せるなよ」
言われて、窓を見る。
ガラスに反射する俺の形相は、自分でも分かるくらい狂気と殺気に満ちていた。
「……うす」
確かに、これは天頼に見せられないな。
思いつつ、静かに答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます