第44話 帰還の中で語られるは
天頼がようやく意識を取り戻したのは、結界の外に出て暫くしてのことだった。
「……ん、あれ。ここは……?」
「ボスの車の中だ。上屋敷を事務所に送り届けた後、こっちに蜻蛉返りしてくれた。そんで今は事務所に帰ってる途中だ」
「あ……ボス、ありがとうございます」
後部座席から上体を起こしながらお礼を言う天頼に、ボスは一瞬だけ片手を挙げて答える。
その直後、天頼は大きく瞳を開き、俺に顔をぐいっと近づけて、
「——って、そうだ! アウトブレイクはどうなったの!?」
「落ち着け、もう全て片付いた」
宥めてから、経緯を説明する。
「お前が気を失った後、ダンジョン内から帰還した征士郎さんがグランザハークにとどめを刺して、他の二人と一緒にそのまま結界内に残ったモンスターを一掃してくれた」
「Sランク冒険者の人達が……!?」
「ああ。その間に俺と天頼は、先に結界の外に出て任務終了。後処理とかそこらの諸々は、冒険者組合の人らがやってくれてる。そんで、ちょっと前にボスがこっちに来てくれて今に至るって感じだ」
「……そう、だったんだ」
ぽつりと呟いて天頼は、大きく息を吐き出しながら座席に腰をかける。
小さく笑みを湛えて胸を撫で下ろしているようだったが、どことなく表情に翳りが見えた。
「どうかしたか?」
「……なんでもない。ただ……肝心な時に動けなくなってダメだったなあって、ちょっとだけ自己嫌悪に陥ちゃってるだけ」
「いやそれ、全然なんでもなくねえだろ……」
めっちゃ凹んでんじゃん。
後部座席にもたれかかりながら蹲る天頼に思わずツッコむ。
天頼がここまで落ち込むってことは、よっぽどメンタルに来てんだろうな。
「まあ、その……なんだ。なんか思うことがあれば話くらい聞くぞ」
「ううん、大丈夫」
笑って答えるも、少し間を置いてから、
「——やっぱり聞いてもらっていい?」
何故か俺も後部座席に移動させられてから、天頼はぽつりぽつりと話し始める。
「私、小学校に入る頃にはもうスキルが顕現してたんだ」
「……うっわ、マジかよ」
「とはいっても、全然使い熟せてなかったんだけどね。ちょろっと火を出せたり微風を吹かせたりするくらいだったよ」
それでも十分過ぎる。
スキルが顕現するのは個人差はあるが、大体中学の間のいずれかだ。
逆に十五になってもスキルが顕現しなければ、無能力者だと考えた方がいい。
「小さい頃から将来有望だったんだな」
「あはは、そうだね。でも、その頃は冒険者になるつもりはこれっぽっちも無かったんだ。モンスターと戦うのも、痛いのも、怖いのも嫌だなあって思ってたから」
——勿体無いな。
思うが、言葉を飲み込む。
冒険者は死と隣り合わせだ。
素質があるからといって、必ずしもならなきゃならないわけでもない。
実際、冒険者にはならずに生活する人間も少数派ではあるが一定数いる。
「……それでも、今こうして冒険者をやってるってことは、何か考えが変わるような出来事でもあったのか?」
訊ねれば、天頼はこくりと頷いてから、
「十年前の大災害——剣城くんも知ってるよね?」
「……ああ、勿論」
——十年前。
東京都内に存在するダンジョンの内、七箇所で一斉にアウトブレイクが発生した。
これによって齎された被害は甚大で、死者・行方不明者は四十万人を超える未曾有の大災害となった。
それが原因で親父と母さんは——、
「私、元々はその中のダンジョンの近くに住んでたんだ。今でいうところの危険区域内に。そして、アウトブレイクが発生した当時、私は……家の中にいた。お父さんとお母さんと三人で」
「危険区域内……」
それはつまり——、
「お父さんもお母さんも、その時に発生したモンスターに殺された。私の目の前で」
天頼の声が微かに震える。
「……っ! 無理して喋んなくていい」
咄嗟に伝えるも、天頼は頭を振って続ける。
「私は何も出来なかった。私を逃がす為に身代わりになってモンスターに殺される瞬間をただ眺めることしか出来なかった。今の十分の一でもいい。もしあの時、私に戦えるだけの力があれば……お父さんもお母さんも死なずに済んだ」
——そういうことだったのか。
悟る。
天頼が逃げる事を極端に恐れる原因を。
如何なる敵にも果敢に立ち向かう理由を。
天頼が胸の奥底に抱え続けてきた——トラウマを。
「もう何も出来ないまま大切な誰かが傷ついたり、いなくなったりするのは嫌。それと他の人に同じ辛さを味合わせるのも嫌。だからこそ私は……冒険者になることを選んだ。……でもまさか、ここまで強くなるなんて思いもしなかったけど」
苦笑混じりに言うと、はあ、と大きなため息を吐きながら額を両膝に押し付ける。
「——けど結局、私は大事なところで動けなかった。戦わずに逃げることしか出来なかった。どうにかできるだけの力が無かった」
天頼の頬にボロボロと大粒の涙が伝い始める。
「私は、あの頃から何も変わってなんかいない……!! 相変わらず弱いままだ……!!」
そして天頼は、顔を隠したまま堪えきれずに嗚咽してしまう。
普段からは見る影も無い姿を目の当たりにして初めて俺は痛感させられる。
どれだけ優れたスキルを持っていたとしても、圧倒的な魔力量を誇っていたとしても、俺と一緒でどこか心に弱さを抱えたどこにでもいる少女なのだと。
当たり前の事実に気付かされたからこそ、俺は——強く否定する。
「天頼、お前は強いよ。自分で思っているよりもずっと」
「……え?」
「戦闘能力じゃねえよ。いや、戦闘能力もだけど……って、そうじゃなくて、俺が言いたいのは、お前は弱さと向き合うことができる。困難があっても立ち向かうことが出来る。それは、とんでもない強さだと思う」
——少なくとも俺には出来なかったことだ。
言って、俺は躊躇いつつもゆっくりと天頼の頭に手を伸ばす。
触れる直前、一瞬だけ手を止めるも、意を決してポンと手を乗せて、わしゃわしゃと撫で回す。
昔、親父が俺にしてくれたみたいに……とはいかずとも小さく笑いながら、
「本当にすげえと思う」
「剣城くん……」
天頼が顔を上げる。
涙の跡で頬が腫れぼっている。
「……まあでも、もっと自分を大事にして欲しいし、周りに頼れるところは頼って欲しいけどな。刺し違えてでも倒すことで助かる命はあるかもしれないけど、残される側としては結構しんどいもんがあるからさ」
それでも味わった辛さは、天頼の方がずっと上なんだろうが、程度が小さいから良いってわけでもないし。
「だから、その……あれだ。そうならないようにお互い強くなろうぜ。俺も天頼の望みを叶えられるように頑張るから」
「……うん」
最初は呆然と俺を見つめる天頼だったが、次第に柔らかな笑顔に変わっていった。
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