第25話 自己評価≠

 先刻の戦闘でクイーンナーガを屠る際に放った斬撃は、ゴブリンの群れを相手にした時にやった遠隔斬撃の応用だ。


 標的に浴びせた一太刀を別個体に伝播させるのではなく、叩き込んだ斬撃を同個体の異なる部位に伝播させる。

 これによって、弱点だったり肉質が脆い部分を直接狙わずともピンポイントでぶった斬ることが可能となる。

 しかも直接斬りつけているから、遠隔斬撃が防がれることも、回避されることもない必中の一撃にもなるというおまけ付きだ。


 ただし、遠隔斬撃を繰り出した直後は、刀身に宿っていた魔力が無くなるから、その攻撃で仕留められないと確定で大きな隙を生むことになる諸刃の剣でもある。


 ——とまあ、自分でやっておいてなんだけど、我ながらよくそんな芸当ができたなと心の底から思う。


 仕留め損なえば死ぬかもしれないという状況で、ほぼぶっつけ本番みたいな感じでぶっ放して、それできっちりとどめを刺すことが出来て……なんというか、俺がやったことではあるけど、その実感がまるで湧いてこない。


 だって、ついこの間までEランクで燻っていた一般冒険者なんだぜ。

 にも関わらず、上澄みのB級モンスターをソロで倒せたとか、そんなの奇跡以外の何者でもないだろ。


 そう……奇跡のはずなのに、どうして——、


「また倒せると思ってしまうんだろうな」


 自宅までの帰り道。

 確かめるように俺は、そう独り小さく呟いた。


「何が?」


「どぅわ!?」


 背後から突然の声。

 振り返れば、探索用の服装からブレザー姿に戻った天頼がいた。


「おま、いつから……!?」


「さっきからいたよ。ちゅるぎくんが何か考え込んで気づいていなかっただけで」


「だから、ちゅるぎ言うなし。……まあ、いいや。それよりも何か用か?」


 訊ねると、天頼は一瞬きょとんと目を丸くしてから、


「え、特にないよ。ただ一緒に帰ろうってだけ」


「……なんで?」


「なんでって、君と帰りたいからだけど」


「……」


 答えになってねえ……。

 というか、俺と帰ったところで何も面白くねえだろ。


 半眼で訝しんでいると、天頼が微笑を浮かべて言う。


「——凄かったよ、今日の剣城くん。一人でボスモンスターを倒してダンジョン制覇……これで名実共にBランク冒険者だね!」


「……今回は偶々上振れが起きただけだ。次も上手くいくとは限らない」


「そうかな。その割には、随分と余裕そうだったけど」


 俺の目を真っ直ぐと見据えながら、


「剣城くんは強いよ。自分が思っているよりもずっと、確実に」


「そう言ってくれるのは有り難いけど、お世辞は——」


「お世辞なんかじゃないよ。私は、心の底から君が強いと思っている」


 俺の言葉を遮り、天頼は力強く断言した。

 ——何故かきゅっと眉を顰め、どこか不満そうな表情で。


「まず君は、自分のスキルを使った戦い方を熟知している。何が出来て、何が出来ないかが分かっていて、加えてどんな状況でもパフォーマンスをフルで発揮できる。それって誰にでも出来るような事じゃないんだよ」


「そりゃ、俺にやれるのは斬撃を飛ばすだけだからな。そこが駄目なら、そもそも話にすらならねえだろ」


「む〜……ああ言えばこう言う。捻くれ屋さんめ」


「客観的に見ればこれが事実って話だ。ていうかさ、なんで天頼は、そんなに俺を買い被ってくれるんだ? 大した実力も無い俺を」


 途端、天頼が露骨に苛立ちを顕わにした。


 ……え、俺なんかまずい事言った?


 それから天頼は一歩俺に詰め寄ると、キッと俺を睨み付ける。

 怒っているとも、悲しんでいるとも取れる微妙な顔で言い放つ。


「——だって、剣城くんが必要以上に自分を過小評価して、剣城くん自身の事を頑なに認めようとしないんだもん。君はもっと胸を張って良いんだよ。なにせ君のスキルは……ううん、君は——私の命を救ってくれたんだから」


「俺が、お前の命を……」


「否定はさせないよ。君が私を助けてくれたのは、客観的に見た事実でしょ?」


 天頼の指摘には頷かざるを得なかった。


 確かにあの時——森のダンジョンの下層で俺がダークネスカオスジャンボスライムを倒さなければ、天頼が死んでいたかもしれないというのは事実だ。

 けど、それは偶然が重なっただけで決して俺の実力なんかでは——、


「……ねえ、剣城くん。君はさ、もしかしたらここまで運だけでやって来てるって思ってるかもしれないけど、偶然も上振れもそう何度も重ならないんだよ。そうなったらもう必然であり実力なんだよ」


「——実力、か……」


「そう、剣城くんの紛れもない実力だよ。……どうして君が、そんなに自分を卑下するのか私には分からない。でも、これだけは知っておいて欲しいな。君は君が思っている以上に強いってことを。私が保証するよ——たとえ、君がどれだけ君自身を否定したとしても、ねっ!」


 言って、天頼はにこりと目を細めた。


 なんで天頼がこれほどまでに俺を買ってくれているのか、不思議でしょうがない。

 だけど、今の言葉が気休めやお世辞じゃないってことは十二分に伝わってきた。


 分かっている、ちゃんと分かっているつもりだ。

 ……なのに、それを素直に受け取れない自分がいる。

 そして、そんな自分が——本当に嫌になる。


(ああ、クソ……)


 ——まずは、この性根をどうにかしねえとな。


 天頼に悟られぬよう、遣る瀬無い溜め息を吐いた。

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