第26話 自主練の見物人

 事務所の地下にある訓練場。

 全神経を限界まで研ぎ澄まし、集中力が最高潮に達した瞬間——魔力を籠めた打刀を振り上げ、地面を斬りつける。


 スキルが起動する。

 放たれた斬撃が高速で地面を這うと、前方の壁に付けておいた印を両断してみせた。


「……ふぅ」


 ——うん、ただの遠隔斬撃だ。


 刀で斬りつけた箇所を起点として、地面を這いながら狙った地点に迫り、斬撃を発生させるただの遠隔斬撃。

 これではただスキルの練度を上げるだけのトレーニングになってしまう。


「そうじゃねえ……!!」


 違うんだよ、俺がやりたいのはスキルの拡張だ。

 従来の方法とは違うやり方で、斬撃を飛ばせるようにならないと。

 じゃないと、いつまで経っても対空用の攻撃が何もないままだ。


 とはいえ……スキルの拡張なんて、一体どうやればいいものか。

 ボス曰く、拡張させる要素の一つにスキルの解釈を拡げろって事らしいけど——、


「解釈を拡げるって何なんだよ……」


 斬撃を飛ばすってだけのスキルにそれ以上もそれ以下もないだろ。

 ……いや待て、固定観念に囚われるな。

 あの時、ボスはこうも言ってただろ。


 ——自由に、と。

 そんでもって、成長したスキルのイメージを鮮明に且つ具体的に組み上げることだとも。


 まあ、そんな簡単に出来たら皆んなとっくにスキル拡張してるか。


「……とりあえず、発動する際の意識を変えてみるか」


 いつものように地面を伝って対象に届かせるのではなく、ただただ一直線——最短距離で届かせるような感覚で。

 そんな感じで暫くの間、無心になってひたすら遠隔斬撃を放っていた時だった。


「こんな日に特訓なんて精が出るわね」


 訓練場の扉が開かれると同時に聞こえてくる落ち着き払った声。

 振り向けば、栗色髪の眼鏡少女——上屋敷がこっちに歩いて来ていた。


「上屋敷か。まあな、今日は配信が休みだからな。こういう機会は上手く有効活用しねえと」


「なるほど。それでわざわざ事務所まで来てスキルの鍛錬ってわけね」


 ボスと同様で上屋敷とは、未だにそこまで話す間柄ではない。

 ついでに対女子経験に乏しい俺であっても、それでも二週間近くも経てば、幾らかは会話するのも慣れてくる。

 何なら個人的に上屋敷が一番会話すんのが楽なまである。


 天頼はちょいちょい弄ってくるし上に時々心臓に悪いし、ボスは単純にプレッシャーがエグい。


「確かにここは広いし、頑丈だからスキルの練習にはピッタリだものね。四葉も配信活動を始める前は、よくここに篭って特訓をしてたわ」


 へえ、それは初耳。

 ということは、思ったよりも最近までここ使ってたのな。


「ところで上屋敷はなんでここに?」


「動画編集の休憩がてらの見学よ。今日は、ボスも四葉もいないから」


「あっ……いつもお疲れ様です」


「そんな畏まらなくてもいいわよ。私が好きでやってることだし、四葉が有名になっていくことは、私の望みでもあるから」


 言うと、上屋敷はふっと小さく笑みを浮かべた。


 あー……そういえば、天頼と上屋敷って小さい頃からの付き合いなんだったか。

 確か小、中、高とずっと一緒の学校に通っていて、同じ時期に冒険者の資格も取ったって天頼に聞いた覚えがある。

 ずっとデスクに張り付いてる印象が強いから全然そんな風には見えないけど。


(……丁度いい機会だし、ちょっと訊いてみるか)


「そういえば、上屋敷ってなんで冒険者の資格を取ったのにダンジョン探索しないんだ? お前なら天頼ともバディを組めたはずだろ」


「……そうね。冒険者になりたての頃は、何回か四葉と一緒にダンジョンに潜ったことはあるわ」


「だったらなんで」


「ただ……すぐに付いていけなくなった。私に大した才能が無かったというのもあるけど、何より四葉が才能を発揮し始めたから。初めて目の当たりにしたわ——本物の天才というものを」


 ——だから私は、裏でサポートをする道を選んだ。


 そう淡々と続ける上屋敷の表情には、若干の曇りがかかっていた。


 才能の差をまざまざと見せつけられたら、そうなるのも分からんでもない。

 身近な人間にマジもんの天才がいたら、滅茶苦茶メンタルに来るもんなあ……。


 ——かくいう俺もそうだったし。


「そのせいで、四葉には本当に申し訳ないことをしたわ。折角、一緒に冒険者になったのに」


「……まあ、天頼には気の毒ではあるけど、ぶっちゃけそれは仕方ないことなんじゃねえかな。実力が乖離した者同士でのダンジョン探索は、どっちにとってもあんまメリットないし」


 なんだかんだ上屋敷の判断は間違ってなかったと思う。

 あまりにも実力が離れた冒険者でチームを組んだ結果、どっちかが死ぬor共倒れになったってケースは、同程度の実力者同士で組んだ場合と比較すると、どうしても多くなるみたいだし。


 それに何も一緒に戦うだけがダンジョン探索じゃない。

 無理してモンスターと戦って命を落とすくらいなら、裏方でサポートした方が本人の為にも……ひいては仲間の為にもなる。


 そういった旨を上屋敷に伝えれば、


「……そうね。だからこそあなたには感謝してるわ。あなたに出会ってから、四葉が笑うことが増えたから」


「え……あいつ、前々からいつも笑ってね?」


「表面上はね。前はそうじゃなかった。でも今は心の底から笑えている。だから……これからも四葉のことをよろしく頼むわね」


 最後にそう言い残して、上屋敷は地上へと戻って行った。


「天頼をよろしく……か」


 随分と無茶なオーダーをしやがる。

 だったら——余計、スキル拡張を成功させないとな。


 再び一人になった後、俺は気を取り直して遠隔斬撃の鍛錬に励むのだった。

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