第24話 二重の衝撃

 斬撃が壁を、天井を、地面を超高速で這う。

 そのままクイーンナーガの死角から襲いかかると、頭部に生えた女性体の背中をぶった斬ってみせた。


 瞬間、意識外からもろに攻撃を喰らったからか、クイーンナーガの動きがぴたりと止まる。

 その隙を見逃さずに俺は、打刀による遠隔斬撃を畳み掛ける。

 無造作に放たれた斬撃は、クイーンナーガの全身の至る所を斬り刻んだ。


(っし……上手く決まったな)


 恐らく、漏れ出る魔力量で脇差による攻撃そのものは警戒していただろう。

 だからこそ余計に理解できずにいると思われる。


 ——なんで自分が斬られたのか、と。


 要因を一言で表すなら、ずばり——速度だ。


 遠隔斬撃は刀身にどれだけ魔力を籠めたところで威力が変動することはない。

 だが、劇的ではないものの、斬撃の速度には変化が生じる。


 無論、魔力を籠める量が多ければ多いほど速度が上昇する。

 とは言っても、無制限に速くなるわけではなくて、一定の速度に達すれば、それ以上速くなることはないんだけど。

 思い切り魔力をぶち込んだとしても、反応できないほど斬撃が速くなる事はない。


 じゃあなんで今クイーンナーガは、反応できないままぶった斬られたのか。

 答えは、打刀で繰り出す遠隔斬撃の速度を敢えて落としていたことにある。


 さっきまでは手数を重視することもあって、一太刀に籠める魔力量を攻撃がギリギリ通るか通らないかくらいに抑えていた。

 おかげで威力も速度もクイーンナーガにとって遠隔斬撃は、大した脅威になることのないカッスいものだったはずだ。

 そんでそれを馬鹿の一つ覚えみたいに放ちまくれば、大量の魔力が籠められた脇差に気づいていたとしても警戒がちょっとだけ緩んだとしてもおかしくない。


 ——その速さなら威力が高くても対処可能だ、と。


 まあ、あいつにそんな思考が出来るだけの知能があるかどうかは知らんが、想定外の一撃だったことには変わりないだろう。

 そうでなければ、さっきまで殆ど効いていなかった牽制用の遠隔斬撃が通るほど魔力の鎧が綻びを見せるはずがない。


 そして、ここまで防御を大崩れさせてしまえば——勝利の天秤は俺に大きく傾く。


 ここが最大の好機と大小それぞれの刀に魔力を全力で注ぎ込み、クイーンナーガの間合いの内側に踏み込む。

 そこから繰り出すのは、魔力を籠めただけの通常の斬撃——遠隔斬撃は温存した状態で直接クイーンナーガを連続で叩っ斬る。


 魔力の装甲が薄れているせいで鱗ごと肉体を裂かれたクイーンナーガは、明らかに苦痛に悶えていた。


 防御がままらなねえのに、こんだけ攻撃を畳み掛けりゃかなり効くよな。

 しかも、さっきとは比にならない手数の多さで斬られればな……!!


 遠隔斬撃は一発放つごとに刀身に魔力を籠め直す必要がある分、どうしても手数が少なくなってしまうデメリットがある。

 だが裏を返せば斬撃を飛ばさない限り、刀身に流し込んだ魔力は残り続ける。

 つまり、敢えて遠隔斬撃を使わないでおく事で、高い威力と斬れ味を維持したまま連続攻撃が可能となるというわけだ。


(……まあ剣を使う奴は、本来こうやって戦うのがデフォなんだけど)


 だからか、こんな風に遠隔斬撃を使わないで斬りまくるのは、ちょっとだけ新鮮だったりする。


 その後も周囲をぐるぐると走り回りながら、全身の至るところに斬撃を浴びせていた時だった。

 さっき脇差による遠隔斬撃でぶった斬った女性体が、身体をふらふらとさせながらも術を発動させようと魔力を練り始めた。


「っ——!」


 チッ、さっきので仕留め切れてなかったか……!!


 しかもそれだけでない。

 クイーンナーガ本体も俺を閉じ込めるように身体をぐるりと巻いてきた。


 ……なるほどな。


 もしかしなくても、俺の逃げ場を無くそうという寸法だろう。

 このままでは石槍に貫かれて死ぬか、絞め殺されるかの二択だ。

 傍から見れば、今の俺の状況はピンチ以外の何者でもないだろう。


 だけど……俺からすれば、寧ろここが最大のチャンスだ。


 術式を発動させる前後は、そっちに魔力を回さなければならない分、どうしても魔力による防御が弱まる。

 クイーンナーガはどうやら、そのリスクを取ってでも俺を仕留めに来たようだが、おかげでただでさえ薄くなっていた魔力の装甲が更に薄くなっている。

 加えて俺の近接攻撃に対応する為か、刀が届く範囲に魔力を集中させている事で、女性体部分を含めた頭部付近の魔力の装甲は無いも同然になっていた。


 合理的な判断だ。

 それが出来るってことは、結構知性はあるし、魔力の操作技術も高いようだな。

 流石、ボスモンスターと言われるだけはある。


 ——だが、悲しいかな。

 その知性と魔力操作技術の高さが逆に仇になるのだから。


「終わりだ」


 術式が発動する直前、俺は大小の刀それぞれに更に魔力をぶち込むと同時、クイーンナーガに渾身の斬撃を叩き込む。

 斬りつけた箇所は大したダメージにはならなかったが、刹那——大蛇の首と女性体から大量の鮮血が噴き出した。


 クイーンナーガの術式が中断され、纏っていた魔力が霧散する。

 そして、ゆっくりと力無く地面に倒れるとクイーンナーガは、そのまま生命活動を完全に停止させるのだった。

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