第80話 東京湾岸防衛戦の一角にて
アウトブレイク発生からおよそ五時間。
日はとっくに沈み、防衛戦は夜戦へと突入していた。
アクアラインより内側の湾岸全域では、冒険者とモンスターの激戦が繰り広げられていた。
モンスターの数は合計五万を超え、沖合から大群で押し寄せてくる様は津波さながらだ。
対抗する冒険者の数は現時点で三万強。
戦況は拮抗しており、まだまだ余力は残されているが、それを上回るペースでモンスターが沸き続けている。
このままでは、戦線を維持できる限界は一晩がやっとだろう。
それ以上戦闘が続くと、戦線は崩壊し、一帯の都市は火の海に包まれる事になる。
——非常に冷酷だが、これが冒険者組合本部の見立てだった。
「信璽っち! 右の大群から魔力反応が多くなってるっス!」
「あいよ! ——
埠頭の一角、海良信璽は崎枝奈緒が指示した方向へ術式を起動する。
対物ライフルから指向性を持つ轟音の衝撃波が、海にいるモンスターの大群へと放たれる。
数百メートル先、衝撃波を喰らったモンスターは、一瞬で肉体が千切れ、ズタズタに四散しながら吹き飛んでいった。
「クソッ、もうずっとキリがねえな!!」
「もう少しの辛抱っスよ、信璽っち! もう少し耐え凌げば必ず……東仙さんが、アウトブレイクを終息させてくれるはずっス!!」
「わーってるよ!! 俺らなんかよりも、ダンジョンに突入していった東仙さん達の方がずっとキツいのってのに頑張ってんだ。このくらいのことで弱音なんか吐いてられっかよ!!」
己を鼓舞し、海良は次弾に術式を刻み込む。
装填する術式は、海良が唯一持ち合わせている攻撃術であり、普段愛用している拳銃では、その威力に耐えきれず自壊してしまうほどの威力を誇る音の砲撃——
その為、激烈な反動に耐えられる対物ライフルを応援に駆けつけた冒険者から借り受けていた。
「——あはは、なかなか根性あること言うじゃないか!」
豪快な高笑いと共に、海良にライフルを貸した人物が彼の背中を叩く。
前回のアウトブレイクの際、指揮役として後方部隊で活躍し、B級戦功を得たAランク冒険者——
先日の厳堂旧研究所で海良と一緒に潜入任務にあたっていたSA——剣城鋼理も彼女と同じ部隊で戦っていたという。
海良と崎枝は、そんな彼女が指揮する部隊に宛てがわれていた。
「海良の言う通りだ! ダンジョンの中では蛇島大魑の凶行を止めるべく、今も東仙慶次らが奮闘している! あいつらが帰ってきたら、もう都市が壊滅してました……なんて状態にさせない為にも、アタシらはなんとしてでもモンスター共の侵攻を食い止めるよ!」
続けて満澤が飛ばした檄に周囲にいた冒険者達は「おお!」力強く答える。
長時間に渡る戦闘で皆、疲労はかなり溜まっている。
だが、誰一人として戦意を失っている者はいなかった。
「おお……凄いっスね! 掛け声一つでこんなにも士気が……!!」
「流石、Aランク冒険者ってだけあるな……!! あの人自身も周りを鼓舞しながらずっと上空のモンスターを撃ち墜とし続けてるし。満澤さんだって相当キてるはずなのによくやるぜ……!!」
弾丸に
「奈緒! 次はどっちを狙えばいい!?」
「えっと……次も右っス!!」
「了解!!」
指示を受けるや否や、海良は即座に引き金を引く。
狙いは大雑把で問題ない。
適当にぶっ放したとしても命中するくらい敵は溢れかえっている。
放たれた衝撃波が、再び大量のモンスターを肉片へと散らしていく。
だが、入れ替わりで奥から新たなモンスターが際限なく押し寄せてくる。
戦闘が始まってから数時間、ずっとこの繰り返しだった。
「チッ、マジで終わる気配ねえな……!!」
「頑張るっス、信璽っち! 戦えない自分が何言ってんだって感じっスけど……」
「なーに弱気なこと言ってんだ。この暗闇の中、暗視スコープもなしに術ぶっ放せてんのは、お前のおかげだろうが! 俺としては、めっちゃ大助かりだよ!」
本来、索敵は海良の得意分野だが、今回はその殆どを崎枝に任せてある。
術式の二重起動——おかげで索敵用の術式を使えずにいる。
だがそうしなければ、大音量でこの場にいる全員の聴覚が使い物にならなくなる。
だからこそ、索敵は崎枝の
——それに、堪えているのは崎枝も同様だ。
日没してからずっと休むことなく魔眼を起動しているおかげで、彼女の目と脳には相当な負担がかかっている。
恐らく、魔力量の関係から術式の二重起動を行なっている海良よりも先に限界を迎えるのは崎枝の方だろう。
「……だから、お前も気張れよ、奈緒! 東仙さんや阿南さんもそうだけど、ダンジョン内じゃ子供らが命張ってんだからな!!」
「分かったっス!!」
互いに士気を高めれば、海良は次弾に再び術式を刻み込み、崎枝は起動した魔眼で東京湾を見渡す。
ダンジョンに突入した六人が無事に戻ってくることを信じて。
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