第8話 龍谷迷宮探索事務所
「天頼の事務所ってこんなところにあったんだな」
——龍谷迷宮探索事務所。
そう書かれた看板が立てかけてあるビルの前に辿り着いてから、俺は独り呟く。
今更になるが、俺らが今いるのは危険区域と呼ばれる場所だ。
奥に進めばダンジョンと周りを囲むように設けられた立入り禁止区域がある。
「ここなら滅多に一般の人が寄りつくことがないからね。それに半ばゴーストタウンみたいになってるから、家賃もタダ同然みたくなってるみたいっていうのも理由の一つみたい」
「なるほど」
時折、モンスターがダンジョンの外に抜け出してくることがある。
そうなった場合、冒険者組合所属の冒険者だったり、近くにいる有志の冒険者が討伐する手筈になってはいるが、必ずしも立入り禁止区域内でモンスターの侵攻を抑えられるとは限らない。
危険区域はそのような事態になってしまった際の保険のようなものだ。
尤も、ここ十年は立入り禁止区域の外までモンスターが出てきた事は一度もないけどな。
とはいえ、危険区域内だとモンスターによる被害を受けても国から補償の類が降りる事は無かったはずだから、冒険者以外でここら辺に居を構えたり、やって来る奴は余程の命知らずか酔狂な奴のどちらかだろう。
「オフィスはこっちだよ。付いてきて」
天頼に連れられ、ビルの中に入ることにする。
入ってすぐのところに設置された階段で二階に上がり、上がったすぐのところにある扉を開ければ、まず視界に止まったのは要塞のようなデスクだった。
複数のモニターやら周辺機器やらがずらりと並んでいて、その陰では俺と同じ歳くらいの少女が何やら作業をしていた。
栗色のショートヘアに琥珀の瞳を覆う黒縁の眼鏡。
座っているから目算になるが、体格は結構小柄そうだ。
事務員……いや、バイトか?
「おはようございまーす!」
「あ、四葉。やっと来た。目的の彼は無事見つかったの?」
「うん、バッチリ! 剣城くん、紹介するね。あそこにいるのが上屋敷
天頼がそう言うと、上屋敷は一旦作業を中断して席を立ち、こっちに向かって歩いてくる。
俺の前までやって来ると深くお辞儀をして、
「上屋敷陽乃よ。昨日は、うちの四葉を助けてくれてどうもありがとう。本当に感謝してるわ」
「えっと、そんな畏まらなくても大丈夫っす。助けられたのは、偶然なんで。いやマジで本当に……」
軽く会釈を返し、頭を掻きながら伝える。
……今の返答はちょい無愛想だったか?
対人経験(※女子は特に)があまりないからか、逆に俺が緊張しちまうな……。
天頼の場合は、思いっきりやらかしてパニくったせいか、逆に開き直って楽に話せてるようになってたからあれは例外だ。
己のコミュ力の低さを痛感させられながら、ふと隣に視線をやる。
すると天頼が隣で、借りてきた猫みたいになってるであろう俺をにまにまと眺めていた。
くっ……コイツ、ぜってえ面白がってやがる……!
思わず鋭い視線を飛ばすも、天頼は全く意に介する素振りを見せないでいる。
だけども、会話に困る俺を見かねてか助け舟は出してくれる。
「そうだ。ところで陽乃、ボスってもう来てる?」
「ええ、今は奥の部屋で電話中だけど」
「あちゃー、電話中かー。なら仕方ない。終わるまでちょっと待ってようか。剣城くんは、そこのソファに座って待ってて。私はお茶汲んでくるから」
「あ、ああ……」
天頼に促されるまま、俺は近くに置かれた応接用のソファに腰をかける。
俺がソファに座ったことを確認すると、天頼は部屋の奥にある給湯室らしき場所へ消え、上屋敷は自席へと戻って行った。
うーむ……手持ち無沙汰になっちまったな。
あまりにもやる事がないから、オフィスの中をぐるりと見渡してみる。
広さは小部屋を含めて、大体教室二つ分くらいはありそうだ。
へえ、こうして見ると結構広いな。
……けど、かなりスペースを持て余してる感じもする。
となると、あんま社員とかいないのか?
実際、配信活動を行っているのは天頼ただ一人だけだったはず。
他に何か事業を手掛けていたとしても、少人数であることには変わりないだろう。
なんて考えていた時だ。
「——君が剣城鋼理か」
腹に響くような低音。
声がした方に振り向けば、そこに立っていたのはサングラスをかけた大男だった。
サイドを刈り上げた荒々しい長髪オールバック。
額から頬にかけて痛々しいまでに深くつけられた傷跡。
鍛え上げられた筋骨隆々な肉体の上に袖を通す黒のレザージャケット。
どっからどう見ても厳つい風貌は、見ているだけで震え上がりそうになる。
有り体に言って——ガチで怖え!!
この見た目、ヤがつく人よりヤのつく人じゃねえか……!!
冗談抜きで下手なモンスターと相対するより恐ろしいかもしれない。
「はい、剣城鋼理っす」
すぐにソファを立ち上がり、努めて平常心を保ちながら答える。
すると大男は暫しの間、俺をじっと見つめた後、感慨深そうにふっと小さく笑みを溢し、
「そうか、君が——。……と、自己紹介が遅れてしまったな。俺は
右手を差し出して来るのだった。
それから龍谷所長と握手を交わしたのだが、その間、生きた心地がしなかった。
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