第9話 謝礼推薦

 改めてソファに腰掛けたタイミングで、天頼がこっちに戻ってきた。

 持っているトレイの上には、四人分の湯呑みと茶菓子が乗っけてある。


「お待たせ〜……って、あ、ボス! 電話終わったんですね!」


「ああ、ついさっきな。それよりも悪かったな、四葉。わざわざここまでの案内係を任せちまって」


「なんの、これくらいどうってことないですよ! それに、剣城くんには個人的にも用事があったので」


 笑顔で言いながら天頼は、きびきびと目の前にあるテーブルに湯呑みと茶菓子を並べていく。


 お茶汲みとか人気急上昇中の配信者がやるような仕事じゃない気がするが……折角淹れてくれたんだ、有り難く頂くとしよう。


「陽乃、ここにお菓子とお茶置いとくよー」


「分かったわ。ありがとね」


 上屋敷のデスクの端にも湯呑みと茶菓子を置いてから、天頼はこっちに戻ってくると、


「よいっしょっと」


 何故か俺の隣のソファに腰を下ろした。


 立場的には普通、対面のソファに座るもんじゃねえのか?

 同じことを龍谷所長も思ったようで、


「おい、四葉。何故お前もそっちに座ってんだ?」


「なぜって……一つボスにお願いしたいことがあるからです」


「……まあいい。お前の用件は後で聞く。それよりも今は——」


 一度言葉を切って、龍谷所長は俺に身体を向ける。


「剣城鋼理、ここまでのご足労感謝する。それと…うちの社員の命を救ってくれたことも。本当なら俺が直接君に礼を伝えに行くのが筋だったが、こんな形になってしまって申し訳ない」


「いえ、そんな改まらなくても……。俺は俺の出来ることをしただけなので」


「その結果がS級モンスターの単独撃破か。大したものだ」


 言って、くつくつと喉を鳴らす龍谷所長。


 S級モンスター撃破……ね。

 あれを撃破のカウントに入れていいか怪しいけどな。

 相性とかメタとかの偶発的な要素が色々噛み合っただけだし。


 少なくとも、俺の実力まんまの結果ではない事だけは確かだ。


 あと……笑顔が怖いです。


「——それを踏まえて、今回の謝礼として君をBランク冒険者に推薦しようと思っている」


「はぁ……って、ん? は、Bランク!?」


「ああ、何か問題があるか?」


「な、無いっす! いや、全然無いっすけど……」


 三階級の飛び級はいくらなんでもやり過ぎだろ……!!


 冒険者の階級を昇格させるには、昇格申請を自分で出すか、他の人に推薦してもらう必要がある。

 前者はこれまでに回収した魔石やモンスターの素材といった実績を判断材料に判定を下すようになっており、後者はそれに推薦者の信用が付随される。

 だから審査方法は同じでも、推薦による昇格申請の方が圧倒的に通りやすい。


 ……のだが、推薦であっても飛び級昇格は滅多に聞いたことないぞ。

 それもEからBって、それ絶対審査通んねえだろ……!!


「言っておくが、これまでの君の実績を確認させてもらった上での提案だ。そこにS級モンスターの撃破の事実が加われば、Bランクまでの昇格は堅いと思う」


 いやいやいや……いやいやいや、流石に無理あるって!

 俺がダンジョン内でやって来た事なんか、物陰に隠れてちまちま斬撃飛ばして倒せそうなモンスターを不意打ちで仕留めてきただけだぞ。


 階級昇格の推薦をしてくれるのは滅茶苦茶超絶有難いけど、俺には相応しくねえって……!!


 どう答えればいいのか分からず、思考だけがぐるぐる回る。

 そんな俺の混乱を見透かすように龍谷所長は、一枚の紙——階級昇格の申請用紙を俺の前に差し出す。


「答えは今でなくていい。もし君に昇格の意志があるのなら、ここにサインと魔力印をして持ってきて欲しい」


 あくまで俺の意思を尊重するってわけか。

 まあ、ここで即決しろって言われても困るから、ここはお言葉に甘えさせてもらうとしよう。


「……分かりました。少し考える時間を下さい」


 言って、申請用紙を受け取った時だ。


「分かった。じっくり考えてくれ。……それと、俺から一つだけ聞いておきたい事がある」


 龍谷所長に真剣な面持ちで訊ねられる。


「——君は、岩代いわしろ銀仁ぎんじという男は知っているか?」


「っ!?」


 思わず目を大きく見開いてしまう。


「……ええ」


 知っているも何も、その男は——、


 続きを言いかけようとして、それを遮るように龍谷所長は、


「……そうか。今の反応で分かった。今度こそ俺からは以上だ」 


 何故か追及してくる事はなかった。


 ……なんだったんだ?

 俺の疑問を他所に、龍谷所長の視線が俺から天頼に移る。


「それじゃあ……四葉。次はお前の用件を聞こうか。頼みってなんだ?」


 天頼はどう話を切り出せばいいかといったように、僅かに逡巡する素振りを見せる。

 それから数秒後、意を決したように口を開く。


「ボス。私は剣城くんとバディを組みたいです。それと合わせて、剣城くんを——私のアシスタントにさせてくれませんか?」


 ……え、アシスタント?

 ちょい待て、それ初耳なんすけど。


 すると、龍谷所長は天井を見上げて小さく嘆息をついた。


「……やはりか。お前のことだからそう言うだろうなとは思っていたけどな。確かにお前のダンジョン配信に誰か付ける事は前々から考えていたが……剣城鋼理、君はそれでいいのか?」


「……アシスタントに関しては初耳っすけど、組むことに関しては問題ないです。というか寧ろ、俺が組ませてもらう立場っていうか……逆に俺で良いんですか? さっき天頼にも確認しましたけど、俺は大して強くなんか無いっすよ。俺じゃ釣り合わないんじゃ……」


 しかし、


「ふっ、推薦をしようとする人間の前でそれを言うか。だが、前向きに捉えてくれてるのであれば、こちらとしても助かる。なら……一つ試してみるか? 君の実力がどれほどのものかを」

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