第18話 幕間〜幼き頃の記憶〜
深く暗い水の中に沈んでいくみたいな不思議な感覚。
ぼーっと身を委ねていると、ふいに走馬灯のように記憶が映し出される。
「父さん父さん! 俺に稽古つけてよ!」
幼い少年が目をキラキラと輝かせて、ソファに座る男性の元へと駆け寄る。
少年の腕に抱えられている二本の木刀に視線をやると、男は少しだけ困ったように、だけど柔和に笑みを浮かべる。
「やれやれ、お前は相変わらず元気だな。分かったよ、一丁やろうか」
「やった! 今日こそ一本取ってみせるからね!」
少年から木刀を受け取ると、二人は庭先へと歩いていく。
それから互いに木刀を構え、向かい合うと、
「さあ、来い!」
「うん、行くぞー!」
少年は勢いよく地面を蹴り、男の懐へと飛び込んだ。
——懐かしい記憶だ。
まだ小学校に入ったばかりの頃だったか。
週末は毎度ああやって、親父に稽古をつけてもらっていた。
勇んで飛びかかっては簡単にいなされ、それでも構わず突っ込んではまたいなされを何度も繰り返して、最終的に俺が疲れ果てて動けなくなるまで付き合ってもらってたのは今でも良い思い出だ。
……まあ結局、最後まで一本も取れなかったけど。
あの頃はもうちょっと頑張れば一本取れるって本気で思っていたけど、今になって振り返ると思い上がりも甚だしいな。
多分、今の俺が本気で挑んだとしても勝てねえんだろうな。
冒険者になった今だからこそ、その事実をより痛感させられる。
「ああ、クソッ! また一本も取れなかったー!」
疲れ果てて仰向けに倒れると少年は、鬱憤を晴らすように叫ぶ。
「ははは、まだまだお前に負けるわけにもいかないからな。でも、前にやった時よりずっと強くなってたぞ。流石は俺の子だ!」
男の言葉に少年は、期待を胸を膨らませながら飛び上がるように上体を起こす。
「本当!? じゃあさじゃあさ、あとどれくらいで父さんに勝てるようになる!?」
「そうだなあ……ざっと二十年ってところか」
「えーっ!? 長すぎるよ!!」
ぶーぶーと唇を尖らせる少年に、男は自慢げに胸を張りながら、大きく口を開けて笑ってみせる。
「そりゃ、父さんはとーっても強いからな。簡単にお前に追いつかれるわけにはいかないさ」
「だからって二十年も待てないよ!」
「そうか。なら、とっておきの秘密道具をお前にやろう」
そう言って男性は、近くの物置を漁ると、中から木刀を取り出した。
通常サイズよりも一回りほど大きいが、何の変哲もない木刀だ。
「ただの木刀じゃん」
「違う、超スーパーな木刀だ。中に特殊な鉱石が仕込んである」
「ふーん。それで、これで何をすればいいの?」
「素振りだ。毎日欠かさず、ひたすら振り続けるんだ」
すると、少年の顔があからさまに歪む。
「え〜、地味! もっと分かりやすくパワーアップする方法はないの?」
「ない! 強くなるには地道な鍛錬を積み重ねるしかないんだ。たとえ周りがどれくらいのスピードでどれほど成長しようと、自分のペースを崩さず淡々と、けど決して手は抜かずにちゃんとな。そうすればいつの日か、努力が花を咲かす日がやって来るから」
男は少年の頭にポンと手を置くと、わしゃわしゃと撫でながら笑いかける。
しかし、それで納得できなかった少年の表情は依然不満そうだ。
「また小難しいこと言ってる。そんなんで本当に強くなるの?」
「勿論だ。父さんもそうやって強くなったんだから間違いない。だから騙されたと思ってそいつを振ってみるといい」
「……分かった。嘘だったらアイス買ってよね。三段のやつ」
渋々ながらも少年は、男から超スーパーな木刀を受け取る。
実際に持ってみると想像の数倍重く、思わず落としてしまいそうになったが、どうにか堪えてそのまま素振りを始める。
近い将来、絶対に男を見返してやると、心に誓って。
この日から、超スーパーな木刀での素振りは少年の日課になった。
そして、その一週間後——突如発生した未曾有の大災害によって、男は命を落とした。
——アラームが鳴る。
「……ん」
朝、か。
まだ朦朧とした意識でスマホを手に取り、アラームを停止させる。
ねっむ。
このまま二度寝してえけど……起きねえと。
自分に言い聞かせて、どうにかベッドから降りる。
日課だけはサボるわけにはいかねえからな。
「なんか、懐かしい夢を見たな……」
サッと身支度を済まして眠気が醒めてきた頃、ふとぼそりと呟く。
思い返してみると、親父……結構良いこと言ってたんだな。
今なら親父が言ってた事がちょっとは分かる気がする。
確かに強くなるには地道に努力するしかねえな。
焦らす、自分のペースでな。
「——さてと、今日もやるか」
そして、住んでるアパートの前に出た俺は、今日も欠かさず超スーパーな木刀で日課の素振りを始める。
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