第46話 幕間〜ある日のお墓参り〜

 打ち付けるような土砂降りの中、少年は一つの墓の前に佇んでいた。

 傘をさすこともなくずぶ濡れのまま、光を失った瞳で両親が眠る墓を呆然と見つめていた。


「——鋼理! やっぱり、ここにいたのかい」


「……ばあちゃん」


 声がした方に視線を向ければ、少年の祖母が息を切らしていた。

 祖母は動転していたが、少年の姿を見るなり落ち着きを取り戻し、柔和な笑みを浮かべてみせた。


「こんなに濡れてたら風邪をひいてしまうよ。……さあ、帰ろう」


 祖母の優しい声音に少年は何も答えずに俯いていたが、やがてこくりと頷いて祖母の元へと歩み寄った。


 都内七ヶ所でアウトブレイクが一斉に発生するという未曾有の大災害から一ヶ月。

 未だに傷跡は至るところに深々と残されていた。


 多くの街が壊滅的な被害を受け、死傷者も数え切れないほど出てしまった。

 アウトブレイクが発生したのが日曜日だったこともあって、ダンジョン周辺の被害は特に甚大なものとなっていた。

 一家全員がモンスターに惨殺されたケースも少なくなかった。


 少年もダンジョン周辺に暮らしていたが、難を逃れることができたのは、その日たまたま祖母の家に預けられていたからだ。


「……ねえ、ばあちゃん」


 祖母に手を引かれながら少年は訊ねる。


「どうして父さんは死んじゃったの? 父さんは戦う力があったのに。父さんは……誰よりも強かったのに」


 俯いたまま、淡々と。


「父さんと母さんを見つけた人は、父さんが死んでしまったのは、動けなくなった母さんを庇ったからって言ってた。そうじゃなきゃ父さんも死ぬ事はなかったって」


 直接その人物から聞いたわけではない。

 災害が終息した後、祖母の家に訪ねてきた際にしていた会話を耳にしてしまった。


 その人の悔やみ切れないような声は、やけに耳に残っている。


「……鋼理は、お父さんがお母さんを守ろうとしたことは、間違いだったと思うかい?」


「そんな事ない。父さんはよく言ってた。力は大切な人を守る為にあるって。その為に強くなっているんだって」


 しかし、少し間を置いてから続けて言う。


「……でも、こうも言ってた。力のある者は、たとえ大切な誰かを助けられなかったとしても、自分だけは生きて帰らないといけないって。それが力を持った者の責任だって。そうじゃないと、この先に救えるはずだった大勢の命を助けることができなくなるから」


 話すうちに少年の瞳から大粒の涙が溢れ出す。


「——俺、分かんないよ。父さんが母さんを助けようとしたのは間違いだったなんてこれっぽっちも思わないし、誇りにだって思う。でも、だったら……せめて、父さんにだけでも生きていて欲しかった」


 ——俺を独りにしないで欲しかった。


 啜り泣く少年を横目に、祖母は徐に口を開く。


「そうだね。鋼理の事を思えば、お父さんだけでも生き延びることを選ぶべきだったかもしれない。それでも……そうしなかったのはきっと、お父さんは皆んなを救いたかったからじゃないかね」


「皆んな……?」


「ああ、そうさ。街の人も、お母さんも、みーんな助けたかったんだと思うよ。とても立派なことさ。だから、お前のお父さんは決して間違ったことはしてないよ」


 穏やかな顔で言う祖母に、少年は「そっか」と小さく呟く。

 ほんのちょっとだけだけど、何かがすっきりした気がした。


 だからといって寂しさは無くならないし、もう両親に会えないことは辛く悲しい。


「ばあちゃん」


「ん?」


「もし将来、俺が父さんと同じような状況になったらどうすればいいんだろう?」


「……そうさねえ。実際にその時になってみないことにはなんとも言えないところはあるけど、とりあえず言えるのは——お前が後悔しない選択をすることだよ」


「できるかな」


「できるさ。お前は私の孫で、お父さんとお母さんの自慢の息子なのだから」


 少年の瞳を真っ直ぐと見据え、祖母は力強く言ってみせた。






 澄み渡るような晴天。

 ”剣城”と書かれた墓を供養をしながら俺は、親父と母さん……それから、ばあちゃんに話しかける。


「最近なかなか墓参りこれなくてごめんな。ちょっと前から天頼って奴とバディを組むようになってさ、そいつの配信の手伝いをしてたり、スキルの特訓をしてるんだ。おかげで前よりずっと忙しい生活になったよ」


 ちょっと前までは、学校とダンジョンを往復するだけの生活だったのにな。

 あの日から一ヶ月も経ってないというのに、本当に色々と変わったものだ。


「それから俺、Bランク冒険者になったんだ。とは言っても、まだまだ肩書きに見合った実力じゃないし、親父の背中も全然程遠いけどな。それでも、どうにか相棒に追いつけるよう頑張ってるよ。……ちゃんと、超スーパーな木刀を毎日振ってさ」


 大災害が起こったあの日、ばあちゃん家に持っていったことで唯一手元に残った親父の形見。

 あれが無ければ、冒険者になる道は選ばなかったかもしれない。


 ……途中で心が折れかけたことはあったけど。


「——大丈夫、身の回りのことも最低限だけどきちんとやってる。だから、ばあちゃんは変な心配しなくていいからな」


 ばあちゃんは俺が高校に入るちょっと前に老衰で亡くなってしまっている。

 けどまあ、天寿を全うできたし、ちゃんと別れを言うこともできたから、良い逝き方をしたんじゃないか。


 おかげで高校に入る時は色々とどたばたしたが、振り返ってみれば悪くない経験だったと思える。


 それから一通りの供養を済ませ、最後に合掌をして拝んでから、


「そんじゃあ、また来るよ。そんでもって、早いところAランク冒険者になったって報告できるように頑張ってくるよ」


 そう言い残して俺は、墓地を後にした。

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