第60話 消えた冒険者の行方

 何が、一体どうなっているんだよ……!


 なんで行方不明者の冒険者がここにいるんだ。

 しかも、よく分かんねえ水槽みてえなのに収容されて。


「この人ら、生きてます……よね?」


「……大分弱ってはいそうだけど、多分な。人工呼吸器みたいなのが取り付けられているし、一応コイツらから魔力も感じ取れる。とりあえず死んではないはずだ」


 部屋の中を進みつつ、収容された冒険者達を確認する。


 確かに微かにだが水槽越しにも魔力は感じる。

 だが、放っておけばいつ死んでもおかしくないくらいに衰弱している。

 それくらい魔力を吸い上げられていた。


 もしかして……この異様なまでの魔力濃度って、この冒険者達から取り出した魔力によって発生してしまっているのか?

 だとしたら、いくらなんでも非人道すぎるだろ。


「——ひとまず、この人らを救出しましょう」


「……そうだな。けど、先にこの現状を本部に報告して応援を呼ぼう。例のマント男の手がかりは見つからなかったけど、コイツを放っとくわけにもいかないしな。それに俺らだけでここにいる全員を運ぶってのも現実的じゃねえしな」


 言いながら、海良さんはスマホを取り出すも、


「チッ……圏外かよ。まあ、仕方ねえか。結構地下だもんな、ここ。しゃあねえ、ここは一旦地上に戻って——」


「っ、海良さん!!」


 何の前触れもなかった。

 唐突に部屋の扉の向こうから感じるのは、強大な魔力とそこから放たれる何か。


 ——敵!?


 即座に打刀も引き抜き、二刀で飛んできた液体の塊を斬り払う。

 だが、液体が周囲に飛散し、衣服を掠めた瞬間だった。


 触れた箇所からじゅっと焼けるような音がし、不快な焦げ臭いが漂うと、一瞬にして黒ずみ溶けてしまった。


「——っ!!」


「SA!!」


「大丈夫っす!! 服に掠っただけでそれ以外はなんともないんで!!」


 なんだ今のは……!?

 毒液……溶解液か。

 ……いや、んなもんはどっちだっていい。


 今最も重要なのは、後ろから攻撃が飛んできたという事実。

 つまり、俺たちの存在がもう気付かれてしまっているってことだ。


 ……なんで気付かれた?

 ていうか、そもそもどうして今の今まで気づけなかった。

 これほどの魔力だと索敵する必要もなく余裕で気づけるはずなのに。


「海良さん……これ、かなりマズくないですか?」


「ああ、控えめに言って大ピンチだ。なんだってんだよ、この野郎……!!」


 悪態をつきながらも海良さんは、拳銃を構え、後ろを振り返る。

 俺もいつでも遠隔斬撃を放てるよう圧縮魔力を生成し、敵の次の攻撃に備える。


 扉の向こうからカツンカツンとわざとらしい足音が聞こえてくる。

 あれは敢えて音を立てている。

 恐らく、俺らの注目を集めるように。


 そうして生まれた隙を狙って——、


「そこか!!」


 打刀の刃を逆にして気配がした方向に狙って思いっきり振り抜く。

 瞬間、峰打ちが奇襲を仕掛けてきた何者かの鳩尾辺りを捉えた。


「がはあっ!! どう、して……!?」


「気配でバレバレなんだよ。——って、コイツは……!!」


「どうした、何か心当たりがあるのか!?」


 その場に倒れ込む男を即座に組み伏せた海良さん訊ねてくる。


「ええ、コイツは——例のマント野郎っす」


 形状や色からして間違いない。

 それにちょっとしか喋ってないけど、声にも覚えがある。


 今、襲い掛かってきたのは、転移罠を設置していた人物——鬼垣重造だ。

 ……となると、向こうにいるのが——蛇島大魑と考えるべきだろう。


 十年前の大災害で行方不明になったSランク冒険者にして、組合筆頭の最有力候補の一人だった男。


 その人物が、ゆっくりとわざとらしく足音を立て、扉の向こうから姿を現した。


「——なるほど、紛れ込んだ鼠の一匹はやはり君でしたか。サイレンスアサシン」


 今しがた襲ってきた奴と同じマント姿から放たれたのは、低く穏やかな声。

 男は右手に毒の魔力を生成しており、空いた左手でフードを取り外すと、隠れていた容貌が明らかになる。


 センターパートで分けられたウェーブのかかった黒い長髪。

 写真よりは若干老けてはいるが、間違いなく——、


「蛇島大魑……っ!!」


「おや、私のことをご存知でしたか。組合を離れてもう十年も経つというのに。まだお若いのに立派なことです」


「うわ、マジで本人なのかよ……冗談じゃねえぜ、おい」


 隣で海良さんが悪態をつく。

 じゃあ、その下でがっしりと組み伏せられた男は鬼垣重造で確定していいだろう。


「蛇島さん! め、面目ねえ……!」


「ふふ、お気になさらず、鬼垣さん。今のは悪くないタイミングでしたよ。ですが、自身と相手の力量を見誤りましたね。次からはそこを気を付けるように」


「なっ……何、こんな時に呑気に会話なんかしてんだ! テメエら、この状況が分かってんのか!?」


「ええ、勿論。とはいえ、まさかこんなに早くここを嗅ぎつけられるだけではなく、この部屋を発見されるとは思いませんでしたよ。流石は組合が全力で抱えるだけの眼はありますね。ねえ、海良信璽しんじさん」


「……っ! 光栄だな。俺らの事も知ってくれてるというわけか……!!」


「当然です。あなたの耳と彼女の目は厄介極まりないですからね。実際、ここまでの侵入を許したのは、私の落ち度です。敵ながらいい潜入です」


 柔和な物腰で話す蛇島だが、付け入る隙が全くない。

 不意を突こうにも、下手に動けば返り討ちに遭うのが容易に想像がつく。


「——まあでも、関係ありませんね。この光景を見られた以上、あなた方が生きてここを出ることはないのですから」


 瞬間、蛇島から圧倒的なまでの殺気と魔力が溢れ出す。


「ですので、申し訳ありませんが、あなた方にはここで——死んでいただきます」

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