第61話 組合筆頭に並ぶ者

 打刀を振るい遠隔斬撃の宿った圧縮魔力を射出すると同時、毒の弾丸がこちらに向かって放たれる。

 直後、それらが衝突し、周囲に毒液が飛び散るも、圧縮魔力は霧散する事なく蛇島へと一直線に飛んでいく。


 そのまま命中、起動した遠隔斬撃が蛇島を両断するも——、


「……チッ」


「ふむ、飛ぶ斬撃ですか。前に見た時は、このような攻撃ではなかった気がするのですが……なるほど。少々、厄介そうなスキルをお持ちのようで」


「そういうのは、せめてちょっとでもダメージを負ってから言ってくれ」


 斬った箇所が毒液と化した事で、無傷でやり過ごされてしまう。

 森のダンジョンで遠隔斬撃を浴びせた時と一緒だ。


 どうやら身体を液状化することで物理ダメージを無効化できるようだな。

 とりあえずあれをどうにかしない限り、俺らの攻撃が奴に通ることはないだろう。


 ……クソ、これだけでほぼほぼ詰み同然じゃねえか。


 距離の制限こそあるものの、抜刀術を使わずとも飛ぶ斬撃を繰り出せるようになったおかげで、受け太刀せずとも飛んでくる毒を防げるようになったのがせめてもの救いか。

 出来る事ならそう何度も直接防ぎたくはない攻撃だからな、あの毒。


 現状、こちらが打てる手は無い。

 だからといって、このまま黙ってやられるわけにもいかない。


 すぐさま打刀に魔力を流し込み、脇差には更に大量の魔力纏わせ、圧縮する。

 これで少しでも毒液が直接刀身に触れて溶解する……なんて事態に陥るリスクを低減させる。


 ——つっても、焼け石に水かもしれないけど。


 同時に再び飛ぶ斬撃用の圧縮魔力を生成すると、蛇島が感嘆の息を漏らす。


「その魔力の操作技術……見事ですね。特に圧縮と射出が良い。まだ若干の拙さこそありますが、低級のモンスター程度であれば剣を使わずとも難なく屠れるでしょう。いやはや、殺すのが惜しまれます」


「お褒めいただきどうも。だったら、ついでに見逃してくれないかな」


「いえ、そういうわけにはいきません。ここであなた方を逃がせば、我々の計画に悪影響が出てしまうので」


「そうかよ。まあ、そう言うだろうと思ってたけどな……!!」


 微笑を湛えたまま蛇島は、新たな毒液を生成する。

 生み出したのは、ドス黒い球体の毒液。

 そいつを数十に分割するや否や、一斉に射出してくる。


「ヴェネノ・ディフシオ」


「——っ!!」


 クソ、全部防げる気がしねえ……!!

 だけど、あれはちょっと掠るだけでもかなりやばい気がする。


 根拠はない。

 直感がそう警鐘をガンガンと鳴らしている。


 でも、どうやってあれを凌げば——、


振動の障壁バイブレートバリア!!」


 思考の最中、背後から聞こえたのは銃声だった。


 放たれた弾丸は俺の目の前で炸裂し、内臓されていた術式が起動する。

 周囲に骨の髄まで震えるような振動音が響き渡ると、こちらに飛んできていた毒液全てが音の発生地点辺りで壁にぶつかったかのように動きを制止し、その場に落下した。


「ふう……っぶねえ。どうにか防ぎきれたか」


「海良さん、あざます……!!」


「騒閑音操術——確か、周囲の音や聴力に干渉する術式スキルでしたか。空気を振動させることで擬似的な障壁を生み出すとは、意外と応用が利くスキルのようですね。加えて、格闘術の心得もあると見える。これは困りましたね。尚のこと、あなた方を殺すのが惜しまれる」


「おいおい、どのみち殺すのは確定かよ……!」


 俺も海良さんも蛇島の放つ殺気によって冷や汗が流れる。

 全身にぞくりと鳥肌が立ち、悪寒が立ってもいる。


 そもそも、いつ殺されてもおかしくない。

 俺と海良さんがまだ五体満足でいられるのは、ひとえに蛇島がまだ全力を出していないからだ。

 そして、それは俺らが鬼垣を拘束していることでどうにか成り立っていた。


「海良さん、何があっても鬼垣は解放しないでください。蛇島がその気になれば、俺らはあっという間に一網打尽だ。あの男は、鬼垣を巻き込まない為に攻撃範囲を狭めているにしか過ぎないんすから」


「……やっぱりそうか。だろうとは思ってたけどよ」


 蛇島は未だ毒竜はおろか、毒液の奔流を生み出す術式すら発動していない。

 あの規模の攻撃を繰り出されるだけで俺たちは詰みだ。


 そうなる前にどうにかしてこの場を脱出しねえと……。


 とはいえ、戦って逃げるのは現実的じゃねえ。

 鬼垣を速攻で気絶させて二人掛かりで立ち向かったとしても、余裕で返り討ちに遭うのは目に見えている。


 となると、綱渡りだけど俺らにできるのは——、


「——よお、蛇島さんよ。一つ取引しようじゃねえか」


 先に話を持ちかけたのは海良さんからだった。


「……取引、ですか」


「ああ、そうだ。大人しく帰るから、黙って俺らをここから逃してくれないか。要求を呑まねえなら、ここでコイツを殺す」


「鬼垣さんを……やれやれ、これでは交渉ではなく脅迫ですね。それだと私には何もメリットが無いのですが」


「お仲間の命とここに東仙さんを呼ばれるよりはずっとマシだろ。コイツがいなくなればこれ以上、冒険者を拉致ってよく分かんねえ実験体にする事は出来なくなるんだからよ」


 すると、蛇島は口元に手を当て思案する素振りを見せる。


 ……不意を突けるような隙は無さそうだな。


「——確かに、ここで鬼垣さんを失うのは避けたいですね。それに東仙さんがここに来られるなんて事態も。……ですが、わざわざそんな危険な交渉をするよりも、簡単に命が助かる方法がありますよ」


「……方法って、なんだ?」


 海良さんが訊き返すと、蛇島は不敵な笑みを浮かべて答えてみせた。


「それは協力関係を結ぶこと。平たく言えば——私達の仲間になることです」

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