第59話 地下室の秘密

 旧研究棟は五階建てとなっているが、上の階はガン無視で探索を進めていく。

 二階を素通りして一階に降り、顔だけ覗かせる形で通路の様子を窺う。


「……やっぱ何もないな」


「っすね」


 予想はついていたが、侵入者対策を講じている様子はない。


 何もないのは有難いが、だからこそ逆に不安に駆られる。

 上手くいっているからこその慢心を突かれているような、そんな嫌な感覚がべったりとくっついているようだ。


 きっとそれは、海良さんも十分に分かっている。

 だが、だからこそ進んでいかなければならない。


 再び海良さんが反響定位の術式を発動させる。

 俺には何も聞こえないが、音を聞き取った海良さんは、


「地下に続く階段があるな。奈緒が見つけたって魔力反応はそこからか……? とりあえず、そこに行ってみるか」


 言いながら、携えていた拳銃を握りしめる。


「階段があるのは、ここのちょうど反対側だ。今調べた感じ、この階になんかあるってわけじゃなさそうだけど、いつでも戦えるようにはしておけよ」


「うす」


 俺もいつでも打刀を抜けるようにして、階段がある地点へと移動を開始する。

 それから正面入り口の前を通過し、通路を渡り切ると、海良さんが言っていた通りに地下に続く階段があった。


 階段の前にはご丁寧に立ち入り禁止を示すロープが張ってあるが、それはどうでもいい。

 重要なのは、この先から微かな魔力反応を感じることだ。


 つまり——、


「なるほど。奈緒が言ってた魔力ってこいつのことだったか」


「じゃあ、この先に何か隠してるもんがあるってことっすね」


「十中八九そうだろうな。例のステルスマントか、はたまた別のもんかは、この目で確かめてみるまで分からねえけど」


 言って、海良さんは新たな術式を発動させる。


「——凪の羽衣カルムベール


 瞬間、海良さんを中心に薄い魔力の膜が生成される。


「これは……?」


「空間内で発する音を外に漏れ出ないようにする術式だ。発動中は常に魔力を消費するから長時間は使えねえけど。だから、あんま俺から離れないでくれよ」


「分かりました」


「じゃあ……行くぞ」


 言われて、俺は海良さんの背後を追従する形で慎重に階段を降り始める。

 降りた先にあった重厚そうな金属製の扉を開く。

 途端、自然には発生し得ないレベルの高濃度の魔力が部屋から漏れ出した。


「これは、一体……!?」


斂魔れんま鉱石だ。周囲の魔力を吸収して蓄え込む性質を持つ。下手に扱うと体内の魔力がごっそり持ってかれる素材だが……なるほどな、こいつを扉とか内装に使っていたから外からじゃ分かんねえわけだ。奈緒の奴、よくこれを発見できたな」


 くつくつと喉を鳴らす海良さんだが、目は微塵も笑ってない。


「——用心しろよ、SA。もしかしたら……俺らが想定しているよりもやべえ案件かもしれねえぞ、これ」


「……うす」


 瞬時に警戒のレベルをマックスまで引き上げ、奥へ進むことにする。

 地下室はボイラー室となっているようだが、部屋の奥側からより高濃度の魔力を感じる。


「ふざけてやがるな、この魔力濃度。アウトブレイクでも起こそうってのかよ」


「アウトブレイク……っすか」


「ああ、もしダンジョン内の魔力濃度がこのレベルになったら、間違いなくアウトブレイクになるぜ。ったく、何をどうやったらこんな魔力濃度になるんだよ……!!」


 忌々しげな表情で海良さんは、吐き捨てるように言う。


 ——ガチか、そんなレベルなのかよ……!


 ぞくりと鳥肌が立ち、背筋に冷たい線が伝う。

 脳内がだんだんと警鐘を鳴らし始める。

 本能がここで退けと囁いていた。


 それら全てを押し退けて、部屋の最深部に辿り着くと、入り口と同じ素材で作られた扉があった。

 だがさっきとは違い、扉の向こうから大量の魔力が感じ取れた。


「うーわ、魔力が濃くなりすぎて扉で遮断しきれなくなってんじゃねえか。マジでここで何やってんだよ」


「……ここまで濃いと気持ち悪くなりそうっすね」


「気をつけろよ。高濃度の魔力は人体に悪影響を及ぼしかねねえから。こっから先は常に全身に魔力を纏わせておけよ。戦闘が発生する可能性も高いしな」


「うす」


 言われた通りにしたところで、海良さんは扉に手をかける。


「……行くぞ」


 頷いた直後、海良さんは扉を開き、拳銃を構えながら奥へと歩き出す。

 俺も脇差を引き抜き、いつでも遠隔斬撃を放てるようにして後ろに続く。

 扉の向こうはスロープ状の通路となっており、更に地下深くへと続いていた。


 長い通路を進んだ末、ハンドル式の扉の前まで移動したところで、海良さんとアイコンタクトを交わす。

 そして、俺がハンドルを回し扉を開けた直後だった。


「——は、なんだよ、コレ……!?」


 先に中の様子を確認した海良さんが目を大きく見開き絶句した。

 すぐに俺も部屋を見る。


 ——刹那、言葉を失う。


 そこは、体育館ほどの広さのある研究室だった。

 部屋の両端にはカプセル状の水槽がずらりと設置され、中は何かの液体に満たされていた。


 問題なのは、水槽の中に収容されているものだ。


 ——人間が入れられていた。

 しかも——、


「海良さん、これって……!?」


 何人かの顔を確認しながら訊ねれば、苦虫を噛み潰したような顔で海良さんは、


「……ああ、コイツらは——行方不明になった冒険者達だ」

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