第35話 射程範囲の暴力

「愛紗。二時の方向、空、距離二百三十」


「了解」


 伊達さんが指示を出すと、即座に満澤さんの狙撃銃が火を吹く。

 放たれた弾丸は、空中を飛び回るブラックズーの脳天を撃ち抜く。


「——命中確認」


 伊達さんが呟けば、物見櫓の屋根上に立つ頓宮さんが口笛を鳴らす。


「ひゅ〜、ナイス狙撃! やるねえ!」


「口よりも先に手を動かしな! しばくよ!」


「おー、怖っ。そんじゃまあ、せっせと次の攻撃といきますか」


 言って、頓宮さんは矢筒から矢を三本取り出し、空に向けて弓を構える。

 限界まで弦を引き絞ってから放たれた三本の矢は、途中で真っ黒な物体で構築されたものとなって大量に分裂し、雨となって地上に降り注ぐ。

 矢の雨は、術式を発動しようとしていた浮遊する鉱石のモンスター——コアエレメント数体と周辺にいたモンスターをまとめて撃破してみせた。


「うわ、凄えな……!」


 見たところ増殖系のスキルってところか。

 狙いは結構大雑把だったけど、あれだけの量を放てば精度はあんま関係ないな。

 矢一発あたりの威力もかなりありそうだったし、やはり防衛に呼ばれるだけの実力はある。


 ……いや、なんで俺が上から目線で物言ってんだよ。

 寧ろ、それ俺が言われる側の立場だろ。


(——まあ、いいや)


 俺は俺の役割を淡々と遂行するとしよう。

 とは言っても、俺がやる事は——、


「、——っ!」


 逸れモンスターor防衛網を抜けようとする不届きを見つける。

 斬撃飛ばして、脚か首を斬る。

 動かないことを確認したら、すぐ次の標的を探す。

 発見次第、また遠隔斬撃でぶった斬る。


 ひたすらこの工程の繰り返しだ。


 ——……うん、めっちゃ地味。


 他の三人は飛んでる大型の奴を一撃で仕留めたり、広範囲に渡って矢の雨で殲滅したりしてんのに、俺だけチマチマ斬撃飛ばしてって……まあ、俺らしくていいか。

 最初からド陰キャ戦法を存分にぶちかますって決めてたわけだし。


 それにしても、だ。

 俺には、こんな風に安全圏から好き放題スキルをぶっ放す戦い方が一番性に合う気がする。


 目立たず、地味に、こっそりと。

 前はこれがデフォだったのに、今ではたくさんの人からSAくんなんて持て囃されるようになったり、前に出て戦うようになったりと……なんていうか色々と変わってしまったものだ。


 周囲を警戒しつつも、そんなことを考えながら斬撃を飛ばしていた時だ。


「……あの、なんでしょうか?」


 ふと、三人の視線が俺に向けられていることに気が付く。

 向けられる眼差しは、明らかな怪訝さを孕んでいた。


「あんたのスキルは配信で何度も見た事はあるが……まさか、こんなに遠くまで届くものだったとは。あんたのスキルってどのくらいまでが射程範囲なんだ?」


「そうっすね……とりあえず結界内は余裕で圏内ですね。あと試した事はないですけど、多分危険区域の端から端までも普通に射程範囲だと思います」


 結界内の広さはおよそ半径二百五十メートル。

 危険区域内含めたらおよそ半径五百メートル強といったところだ。


 ダンジョン一階層辺りの面積はこれよりずっと広い。

 そのことを考慮すれば、決して誇張表現なんかではない。


「……それマジで言ってんの?」


「まあ、地上限定っすけど……ね!」


 答えながら、遠隔斬撃を飛ばす。

 狙いはここから真反対の位置にいるダークネスカオススライム。

 天頼のライブ配信に偶然映り込んでいた個体だ。


 アイツ……本当にどこのダンジョンでも湧いて出てくるよな。

 異常な属性耐性を持っているだけあって環境適応能力がG並に高いというか、それでいて脅威度合いはGの数百倍はあるんだから本当に恐ろしいよ。


 放った斬撃が命中したかどうかは、配信のコメント欄が教えてくれる。


”おい、今ダカスラ真っ二つにならなかったか!?”

”マジで?”

”ワイも見た。四葉ちゃんが何もしてないのに勝手に斬られてた!”

”これは……SAくんキター!!”

”今回はSAくん完全に別行動なんだっけ?”

”どうやら後方部隊に編成されたらしい”

”剣士なのに後方部隊って意味分からん”


 本質的に後衛なもんでな。

 スキルの兼ね合いで刀を持っているだけだ。


『アシスタントくん、ありがとね!! 助かったよ!!』


 イヤホン越しに聞こえてくる天頼の声に対して、小さく「おう」と呟く。

 当然、この声が天頼に届くことはないが、代わりに新たな遠隔斬撃を届かせる。

 返事代わりの援護の一太刀は、天頼の近くにいた魔獣型モンスターの脚を斬り裂いてみせた。


「やれやれ……狙撃手を差し置いて、こう何度も長距離攻撃を決められると、アタシの立つ瀬がないね」


「あ、すみません……」


「ああいや、すまない。嫌味のつもりで言ったわけじゃないんだ。だからそう謝らないでおくれ。寧ろ……アタシも負けてらんないって燃えてきたところさ!」


 にやりと唇を釣り上げて、弾丸を三連発で放つ。

 狙撃銃から放たれた弾丸は、上空を飛んでいた怪鳥型のモンスター三体の脳天を撃ち抜いた。


「うわ……えっぐいな」


 というかボトルアクション式のライフルだけど普通に連射できるんだな。

 ってことは、銃の構造と撃ち出される弾丸の種類は関係ないみたいだ。


(……なるほど、これが満澤さんのスキルってことか)


「三体撃破確認。ナイスだよ、愛紗。次は——」


 伊達さんが言いかけた次の瞬間だった。


「——皆んな、下!!」


 全身から魔力を滾らせながら表情を一転させ、大きく叫ぶ。

 直後、掃討部隊の前方に新たにモンスターが出現し——全身に悪寒が走った。


 ドクロのような異形の顔面、筋骨隆々の四肢。

 全身を覆う黒い鱗と骨のような外骨格、それと大量に溢れ出す瘴気。

 そして腕のような巨大な翼を持ち、体長三十メートルを超える体躯を誇るドラゴン型のそいつは——、


「ったく、冗談だろ! なんでここにS級が……!! しかも、S級の中でも相当やべえ奴じゃねえか!!」


「原因を探るのは後にしな!! それよりも全員、気張りな!! じゃないと……ここにいる全員死ぬよ!!」


 遅れて頓宮さんと満澤さんも思いっきり魔力を滾らせた。


 グランザハーク——。


 かつての大災害で多くの人間の命を奪ったモンスターの一体だ。

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