第91話 そして、行き着く先は
ダンジョン内の魔力濃度が見る見ると下がりだす。
アウトブレイクが終息した証だ。
「——終わった、な」
これでもうモンスターがダンジョンの外側に出現することはない。
後は残った奴らを駆逐すれば、今回の防衛戦は終結となる。
俺たちの目的は達成、蛇島の計画も破綻した。
都市への脅威は消え去った。
だけど——まだ終わっていない。
(行かねえと……)
「悪いけど、ちょっとだけ辛抱してくれ」
一方的に告げてから、天頼を抱え、階層の入り口へと向かう。
まだ全然体力は戻りきってないが、今は一秒すらも惜しい。
——蛇島を殺しに行く。
不意打ちでも暗殺でも構わない。
腕が千切れようが、力尽きようが、相討ちになろうが必ず……親父と母さんの仇を取る。
親父から受け継いだ刀と拡張した遠隔斬撃で——。
(それに……この状態の天頼を階層に長居させるわけにはいかないしな)
地属性の術式によって発生した大岩を降りながら、憔悴した天頼を一瞥する。
最低限の身体強化すらも維持できなくなるレベルで魔力が枯渇してしまっている。
これ以上、魔力を消費すれば冗談抜きに命を落としかねない。
モンスターが現れない階層と階層の間に移動させた方が安全なはずだ。
下に着地後、水の術式の余波でずぶ濡れになった芝生に足を取られかけながらも、どうにか八十七層を抜け出る。
階層と階層の間に存在する天然の蝸旋階段を上り、出口に差し掛かったところで天頼を地面に降ろす。
彼女を八十六層に入れるのは、周囲の安全を確保できてからだ。
「天頼は、暫くここで休んでてくれ。すぐに誰かに迎えに来てもらうから」
しかし、天頼の反応はない。
まだ意識は残っているが、返事をするだけの元気は残ってないようだった。
……まあ、仕方ねえか。
「じゃあ、行ってくる」
言い残して、立ち上がろうとした時だ。
天頼に服の袖を摘まれた。
「天頼……?」
「……行っちゃ、だめ」
今にも泣き出しそうな弱々しい声音。
疲弊し、焦点の定まらない眼差し。
それでも天頼は、俺の目をまっすぐに見据えて、悲しそうにはっきりと、
「私を、置いて、いかないで。自分を……大切に、して。憎しみ、に……囚われ、ない、で——」
言い終えた直後、電池が切れたようにパタリと倒れた。
頭をぶつけないよう、両肩を掴んで支えてから、慎重に地面に横たわらせる。
——気を失っただけか。
息があることを確認し、胸を撫で下ろす。
しかし、同時に胸中に形容し難い違和感が生まれる。
「なんで……今になってそんな事言うんだよ」
ずっと俺の中で一切燻ることなく激り続けていた憎悪と殺意。
誰に言われようと貫き通すと固めたはずの決断が揺るぎそうになる。
(なのに、どうして——!?)
他の人から言われたのなら、戸惑うことなく一蹴したことだろう。
でも、天頼の言葉は、俺の決意を鈍らせる。
——修羅に堕ちる事を躊躇わせる。
「……くそ」
もうとっくに腹を括ったはずだろ。
迷うな、揺らぐな、復讐をやり遂げろ。
必死に言い聞かせ、改めて八十六層へと足を踏み入れる。
再び、一面に猛毒が蔓延する地獄絵図が眼前に広がる。
東仙さんと蛇島の戦闘は、今も尚続いていた。
繰り広げられる熾烈な術式同士のぶつかり合い。
だが、若干東仙さんが劣勢となっている。
圧倒的な魔力総量の差が顕著に出てしまっているせいだ。
とはいえ、ここからだと詳しい戦況が掴めない。
具体的な状況を把握する為にも近づきたいところではあるが、安易に接近すれば巻き込まれかねない。
となると、今の俺に出来るのは——消えることだ。
気配を殺し、魔力の流れを読み取る。
視力と聴覚で捉えられないところを探知でカバーする。
戦っている二人の位置関係。
猛威を振るう三匹の毒竜の状態。
蛇島の膨大な魔力の根源——俺が斬るべき座標。
どれだけ魔力があろうが、その供給源が断たれれば大幅な弱体化は免れない。
供給源は必ずどこかにあるはず。
巧妙に隠されているであろう
——どこだ、どこにある……!?
まだ気づかれていない今しかチャンスがない。
奴に勘付かれる前にそれを見つけ出す。
しかし、どれだけ魔力の流れを遡っても、一向に大元に辿り着けない。
どんどん焦燥が膨らんでいく。
それでも逸る気持ちを落ち着けて探知を続ける。
猶予は無いが、地道に根気強く。
次第に極度の集中状態に没入していく。
さっき拡張した遠隔斬撃を放った時みたく、周囲の音が消え、自然と目を瞑る。
視力も聴力も必要しなくなった時、ようやく——魔力の根源を発見した。
ようやくスタートラインに立てた。
だが勝負はここから……一気に魔力を収斂させて遠隔斬撃を繰り出す。
一瞬でももたついたら、その時点で奇襲は失敗する。
(……結局、この戦い方に戻っちまうんだな)
ド陰キャ戦法——俺が一人でダンジョンを生き抜く為に編み出した戦い方。
前はこんな戦い方しかできない自分が嫌だったが、不思議と今はそんなに自身に対する嫌悪感はない。
こんな陰湿な戦い方で多くの人々が救えるなら、それで構わない——本心からそう思える。
打刀に手をかけ、鯉口を切る。
深く息を吸い、タイミングを図る。
そして、魔力を一気に練り上げ、身体強化と刀身に行き渡らせた刹那——俺は、瞬時に刀を引き抜いた。
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