第92話 容赦
如何なるところにいようが、あらゆる障害を超えて対象を斬り伏せる斬撃。
刀身に伝わる魔力を斬った時の独特な感覚。
俺の遠隔斬撃が捉えたのは、地中深くだった。
幾重もの防御によって守られていたであろう膨大な魔力の塊を両断した途端、急激に蛇島の魔力出力が下がったのが見てとれた。
毒竜が三体ともあっという間に崩壊していく。
東仙さんを襲う猛毒の濁流の勢いが弱まる。
——蛇島が俺の存在にようやく気が付く。
意識が俺に傾けられたのは、ほんの一瞬のことだ。
だが、そのほんの僅かな隙が致命的となる。
刹那——蛇島の魔力に大きな揺らぎが生じた。
これはダメージによるもの。
恐らく、東仙さんの術式をもろに喰らったのだろう。
流動化で攻撃を無効化出来なかった証拠だ。
なら……容赦なく畳みかける!!
脇差を引き抜き、二刀で遠隔斬撃を放つ。
拡張する程の猶予は無いから通常の遠隔斬撃だが、今ならそれでも有効なはず。
地面を高速で伝播する二つの斬撃は、それぞれ蛇島の首と心臓へと迫る。
しかし、肉も骨も断った感覚はない。
「チッ、くそっ!」
流動化が間に合ったか……!!
流石に急所は、何が何でも守るか。
でも、俺の攻撃に気を取られてた東仙さんの術式は防げなかったのか、再び蛇島の魔力が大きく揺らぎ、出力が著しく減少すると、蛇島はその場から動かなくなった。
それから程なくして東仙さんの術式が解除された。
……意図的に解いてある。
ってことは、勝負にケリがついた……のか?
念の為、臨戦態勢を保ちつつ、肉眼で視認できる距離まで接近する。
そして、二人を視界に捉えると、蛇島の左腕と両脚の膝から下が拉げていた。
「——やれやれ、見事に不意を突かれてしまいましたね」
俺が傍まで駆け寄るや否や、蛇島が肩を竦めながら口を開く。
「まさかここに来てあの人の領域に踏み入れるとは。……全く、貴方が横槍を入れなければ、私の勝利は揺るがなかったのですが」
「……卑怯とは言わせねえぞ。テメエだって前に俺を背後から襲っただろ」
「ええ、私の落ち度です。やはりあの時、貴方を確実に殺しておくべきでした」
言って、蛇島は困ったようにため息を溢した。
もう蛇島に戦意は見られない。
片腕と両脚を潰されただけでなく、丹田付近にも強烈な一撃を喰らった挙句、東仙さんの術式によって拘束されている。
魔力も練れないし、動こうにも動けない、というのが正しそうだ。
いつでも蛇島の頭を圧し潰す状態を維持しながら、東仙さんが苦虫を噛み潰したように顔を歪めて訊ねる。
「蛇島さん——何故、こんな事を?」
「……こんな事、とは」
「全てです。何故、これほどの災害を引き起こしたのか。何故——岩代さんを殺したのかを」
暫しの沈黙。
冷めた視線を東仙さんにぶつけてから、蛇島は、
「やはり、あなたはつまらないですね。……ですが、いいでしょう。お答えしましょう。配信でもお伝えしましたが、十年前の大災害——私が理想とする世界がそこにあったからですよ」
「理想とする、世界……?」
「人々が混沌に恐怖し、逃げ惑い、絶望に溢れる世界。ダンジョンから溢れ出るモンスターに蹂躙され、戦火に焼かれる人々と街を目の当たりにして私は……その美しさに心を奪われたのです」
「——クソ外道が……!!」
あまりにも破綻した発言に、思わず反吐が出る。
怒りが込み上げ、刀を握る手に力が籠もる。
そんな俺を尻目に蛇島は、微笑を浮かべて言葉を続ける。
「加えて、破壊と殺戮が繰り広げられる光景を見たことで、私は自身の中に眠る破綻に気がつきました。大切だったものが壊れていく快感と愉悦——本当に吐き出したくなるほど最悪で最高の気分でした。街や人々を守りたくて組合に入ったのに、それを自らの手で壊していくのはね」
「まさか……それで、岩代さんを——!?」
「僥倖でした。もしあの時、瓦礫に埋もれた奥方を守ってモンスターと戦っていなければ、相討ちに持っていかれた可能性が高かったですか——」
「——もういい!!!」
怒号を飛ばし、蛇島の言葉を遮る。
もうこれ以上、こいつの御託を聞く必要はねえ。
「……よく、よく分かった。てめえがもう生かしておく理由も価値も無い程にどうしようもないイカれたクズ野郎だってことが。おかげで……お前を心置きなく殺すことができる」
脇差を鞘に納め、両手で握りしめた打刀を頭上にかざす。
後はこいつを力の限り振り下ろせば、こいつの首をぶった斬れる。
仮に蛇島が反撃に出たとしても、確実に俺の刃が届く方が先だ。
——残りの魔力を全て刀に流し込み、俺は東仙さんを一瞥する。
「……この期に及んで止めるなんて真似しないでくださいね。俺はこいつに人生を思いっきり狂わされたんだ。その落とし前くらい俺の手でつけさせてください」
「SA……いや、剣城君。君は、そこまでして……」
「分かってます。こんな事をしても両親が帰ってくる事はない。無念が晴れる事もない。ましてやいくら敵討ちの為だったとしても、俺が人を殺したことを喜ぶはずもない。だけど……このどうしようもなく胸の中で燃え上がる怒りは、憎しみは、こいつを殺さなきゃ永遠に消えない」
所詮、復讐なんてただの自己満足だ。
どれだけ正当で高尚な理由があろうと、結局やる事は人殺しに変わりない。
血を血で洗うだけの最低最悪な行為に過ぎない。
そんな事は重々承知している。
だけど、そう理屈で片付けられないから俺はここまでやって来た。
たとえ地獄に堕ちようと——この復讐は最後までやり遂げる。
緊張で呼吸が乱れ、手が小刻みに震える。
それらを抑え込むように歯をきつく食いしばる。
そして、最後の覚悟を決め、俺は渾身の力で刀を振り下ろした。
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