第56話 災害の亡者
阿南さんから連絡が来たのは、翌日のことだった。
天頼の配信を終えてダンジョンを出てすぐ、スマホが着信を鳴らす。
呼び出し相手は阿南さんからだった。
「お疲れ様です。剣城っす」
『阿南だ。配信終わってすぐの連絡ですまないな。昨日の件で報告だ』
「仕事が早いっすね。まだ一日しか経ってないってのに」
『大急ぎで調べたからな』
阿南さんにはボス経由で俺の本名と連絡先を教えておいた。
直で連絡を取り合えた方が色々手っ取り早いだろうし、組合本部の人間ならその気になれば、俺の素性なんか一発で調べられるだろうしな。
それに阿南さんは、ボスが信用を置いている人間だ。
だから素性を明かしたところで情報を悪用されることはないだろう。
『昨日の転移罠の件だが、仕掛けたと思わしき人物が判明した。それで急で悪いが、これから組合本部に来れないだろうか。それと君に頼みたい案件もある』
「随分と急っすね」
『すまんな。だが、内容が内容故においそれと外で話すわけにもいかないのでな』
それもそうか。
一連の失踪事件は、まだ世間には公表してはいない。
だから漏洩のリスクは出来る限り避けておきたいのだろう。
まあ、情報を伏せ続けられるのも時間の問題だろうけど。
『来てくれるようだったら、今すぐに迎えの手配を回す。龍谷さんにも私から話をつけておこう』
「……一旦、天頼に確認してからでいいですか?」
『分かった。それとも掛け直そうか』
「いえ、このままで大丈夫です。すぐ済むんで、ちょっと待っててください」
一度、ミュート状態にしてから、
「天頼、阿南さんから組合本部に来れないかって連絡来たけど、どうする?」
「んー……今からかあ。剣城くんはどうするの?」
「俺は行くつもりだけど。あれからどうなったか気になるし」
「なら一緒だ。私も行くって伝えてもらっていい?」
「了解」
頷いてからミュートを解除し、阿南さんに承諾の旨を伝える。
「オーケーです。俺も天頼も行きますんで、迎え……お願いしてもいいですか?」
『承知した』
* * *
手配された送迎車で組合本部に連れられ、案内された会議室に入ると、阿南さんが真っ先にこちらに振り返る。
「二人ともすまないな、こんな時間に呼び出して」
「構いませんよ。それより、犯人は見つかったんですか?」
「ああ、まだ容疑の段階だがな」
言って、阿南さんはホワイトボードに視線を促す。
そこには二人の男の顔写真や特徴を書き連ねたメモがあった。
その片方の若そうな男を指しながら阿南さんは、
「まず転移罠を設置した人物だ。
「マジでいたのか……!」
Dランク冒険者ってことなら、あのくらいの強さも納得だ。
であれば、鬼垣重造が転移罠設置の犯人で間違いないだろう。
にも関わらず、犯人が判明したというのに阿南さんの表情は険しい。
——ってことは、なんか曰くつきか。
「……だが、奴が最後にダンジョンに出入りしたのは、半年前が最後だ。昨日はおろか、ここ一ヶ月の間、どこのダンジョンにも入った記録はない」
「えっと、それって……」
「もし犯人が鬼垣重造本人であるなら、奴は検知に引っかからないでダンジョン前のゲートを通過したことになる」
なんか話がややこしくなってきたな。
犯人を見つけてあとは確保するだけ……って、簡単な流れじゃないのか。
「そんなこと可能なんすか?」
「普通は不可能だ。魔力の偽装も隠蔽も人力では誤魔化せもしない。——人力では、な」
「じゃあ、どうやって……あ」
言いかけて、天頼は声を漏らした。
「あの時、身につけていたマントが反応を打ち消した……?」
「恐らくな。崎枝が魔力追跡を断念する程の代物だ。検知させないでゲートを通過していてもおかしくはない」
「そんなもん作れるんですか? ああいや、現に作ったからこそ、こうなってるんすけど……」
「そこは調査中だ。とはいえ、ゲートの検知を掻い潜れる装備を作れる設備を持った存在は限られる。候補も既に幾つか挙がっている。それよりも問題はこっちだ」
阿南さんが鋭い目つきを飛ばしたのは、鬼垣重造の隣に貼られた顔写真だった。
歳はおよそ二十代後半、ウェーブがかかった長い黒髪が特徴の男だ。
ちょっと写真が古そうなのが気になる。
「あの人物は……?」
「蛇島
「、っ!?」
俺も天頼も思わず目を見開く。
「Sランク冒険者って……ガチかよ」
「私も未だに信じられずにいる。だが……莫大な毒を操り、自身の肉体も毒液に変化させるスキルを持つ人間となると、あの人以外に考えられないんだ」
頭を抱えながら阿南さんは言う。
周りを見れば、蛇島大魑を知っている古参の冒険者は混乱を隠せずにいた。
生きていることも予想外であれば、まさか一連の失踪事件の裏で糸を引いていることを信じられずにいるようだった。
「その……蛇島って人はどんな人物だったんですか?」
天頼がおずおずと訊ねる。
「優しい人だったよ。物腰が柔らかくて、誰であろうと分け隔てなく接して、まさに全ての冒険者の模範となるような人格者だった。なのに、どうして……!?」
——全ての冒険者の模範、ね。
不意に親父の姿が脳裏に浮かぶ。
親父もそんな風に慕われてたのかな。
……いや、今そんなことを考えても仕方ねえか。
思考を振り払うように小さく頭を振ると、阿南さんも平静を取り戻し、
「——SA、君に一つ頼みたい案件がある」
「……言ってましたね。何をすればいいんでしょうか?」
聞き返せば、阿南さんは少し躊躇いながらも答えるのだった。
「潜入調査だ」
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