第15話 四大降臨

 ベヒーモスが仰向けになって倒れ、またものたうち回る。

 すぐ後、ふと背中に風を感じる。

 振り返れば、岩石巨人に襲われていた少年を担いだ天頼の姿があった。


「ごめん、お待たせ! 大丈夫だった!?」


 両脚には風の魔力が宿っている。

 これは……脚力とか機動力を向上させる術式ってところか?


「……ああ、誇張抜き今際の際っ際だったけどな。でも、ギリ間に合ってくれて本当に助かった。ありがとう」


 心からの感謝を告げれば、


「こちらこそ、どういたしまして!」


 天頼がにいっと表情を綻ばせる。

 それから肩に担いだ少年をゆっくりと地面に降ろし、横たわらせる。


「ん……あれ、こいつ伸びてんの?」


「うん、多分怖さのあまり気を失っちゃったみたい。モンスターを倒して保護した時には、もう白目剥いて倒れてたから」


「マジかい」


 まあでも、下手に錯乱して叫ばれたり暴れられるよりはいいか。

 内心そんなことを思いつつ、手短に作戦会議を始める。


「それより、これからどうする?」


「ん〜……何をするにしてもまずは、あそこにいる女の子の保護が最優先かな。ベヒーモスの相手は私が引き受けるから、剣城くんはあそこの女の子の保護を頼んでもいい?」


 ……確かに。

 ずっとあそこで放置するわけにもいかないか。


 近くにモンスターがいるような気配はないが、早急に救助しておく必要はある。


 ——もう一度、ナイフに魔力を全力で注ぎ込む。


「了解、保護した後はどこに連れて行けばいい?」


「そうだな……とりあえず、ここに連れてきて。そしたら、剣城くんはそのまま二人を守ってて欲しいな」


「分かった。あと、あいつの肉体の再生速度半端ねえから気をつけた方がいい。一分足らずにぶった斬った腱を治しちまうくらいには早えから」


「忠告ありがとう、気を付ける」


「それと……無理だけはすんなよ」


 念を押すように言うと、


「剣城くんこそ。さっきから全力で魔力放出し続けて結構しんんどいでしょ」


「ったく……お前がそれを言うかよ。じゃあ、ベヒーモスは頼んだ!」


「おーけー!」


 そして、少女の元に駆け出すのに合わせて、天頼が術式を起動させる。


「——烈風弾れっぷうだん肆穿しせん!」


 放たれるのは烈風を内包した四つの弾丸。

 それらがようやく起き上がり始めたベヒーモスに全て撃ち込まれる。

 肉体を穿つまでは至らなかったが、動きを止めることには成功する。


 そこから間髪入れず、


刃嵐じんラン!」


 ベヒーモスのいる場所に荒れ狂う暴風を発生させる。

 更に畳み掛けるように、


「獄炎!!」


 足元から空高く突き上げる火柱を噴出させる。

 瞬間、火柱と暴風が融合して業火の竜巻を化し、ベヒーモスを焼き尽くし、切り刻んだ。


「うっわ……えげつな」


 やはり俺とは攻撃の威力も規模も桁外れだ。

 ああいうのが、上にいく逸材なんだろうな。


 ——本当、俺如きには勿体なさ過ぎる相棒だよ。


 痛感しつつベヒーモスの横を通り抜けた直後、ベヒーモスが火炎の竜巻を強行突破で脱出し、天頼へと襲いかかる。

 しかし、まだ眼球は再生しておらず、今の灼熱で嗅覚もダメにされたからか、少し見当違いの方向に突進している。

 加えて暴風の魔術でどこかの脚を切られたせいか、若干跛行気味になっていた。


 天頼がその隙を見逃すはずもなく、両手それぞれに地属性の魔力を生み出す。


「——地隆震衝ちりゅうしんしょう巌墜がんつい!」


 二重で術式が発動する。


 地面を割って噴出する岩石と頭上から降り注ぐ無数の岩石が、ベヒーモスを無慈悲に押し潰しにかかる。

 流石にこれでぺしゃんこ……とはならないが、上と下両方から押し寄せる岩石によって埋もれ、身動きを取らせなくしていた。


 これだけの術式を連続で行使できるって、あいつどんだけタフなんだよ……!?


 まだ尚、火属性の術式を発動させようとする天頼に驚愕させられながらも、ようやく少女の元へと辿り着く。


「おい、大丈夫か……!?」


 訊ねると、少女は顔を青白くさせながらもこくりと頷く。

 喋れるほどの余裕はないが、意思の疎通はギリなんとかなるって感じか。


「良かった。立てそうか?」


 次の質問に少女は、ふるふると首を横に振る。


 まあ、だろうな。

 こんだけ派手に腰抜かしてれば当然か。


「なら背負うぞ」


 返事を聞くことなく、俺は少女を背負い一目散に元の場所に戻ることにする。

 了承を得ないのは申し訳ないが、緊急事態だから勘弁してくれ。


 謝りつつ少女を背負い走っていると、


「——赫灼隕かくしゃくいん!!」


 天頼が術式を発動——上空から巨大な火球がベヒーモスに向かって落ちてきた。

 トラック並みの体躯を誇るベヒーモスを優に上回る程の馬鹿デカな火球が。


「おい、おいおいおい……いや、待て待て待て!!!」


 馬鹿なのか、アイツ!?

 あんなの落ちたら余波で俺ら丸焦げなんぞ!!


 焦燥が一気に頂点まで達する。

 だが、それは杞憂に終わる。


 突如、水と風の魔力で構築されたベールが俺と少女を覆いつくしたからだ。


「こいつは……!?」


 防衛用の術式。

 天頼に視線をやれば、彼女の方にも同じ魔力のベールが展開されていた。


 なるほど、これで巻き込まれを防ぐ前提で火球を落としたってわけか。

 でも……やるなら先に言って欲しかった。

 本気で死を覚悟したぞ、今。


 それから胸を撫で下ろしているうちに、依然岩石に埋もれているベヒーモスと巨大火球が衝突する。


 刹那、衝撃の余波で生まれた莫大な熱の塊が、僅かに生えた草木を悉く焼き尽くしながら周囲一帯に広がっていく。

 熱さを感じたのは、天頼が展開してくれたベールが消失した後、焼け野原となった荒野を明瞭に視認できた時だった。


「凄えな……完全に熱を遮断してくれたのか」


 攻撃に防御に補助も出来るって、ガチめに四大魔術万能過ぎだろ……!!


 改めて天頼の術式の性能に感心させられたところで、やっと天頼と合流を果たすことに成功する。


「すまん、待たせた」


「大丈夫! ありがとね、つ……アシスタントくん!」


 ひとまず、少女を伸びたままの少年の横に座らせる。

 まだ顔は青白いものの、少しだけ生気が戻ってきた少女に、天頼がにこりと笑いかける。


「もう怖がらなくても大丈夫だよ。私たちが君を助けるから——絶対に」


 力強くそう言う天頼の右手には水属性、左手には地属性の魔力がそれぞれ生成されていた。

 彼女の視線の先を追うと、ドロドロに融解したマグマに全身を焼かれても尚、しぶとく生き残っているベヒーモスの姿があった。


 うっわ……あんな状態になってもまだ息があるとか、化け物かよ。

 ……うん、普通に化け物だったわ。


 そんな怪物に引導を渡すべく、天頼は最後の術式を発動させるのだった。


「——流龍滅瀑るりゅうめつばく!」

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