第16話 終局の斬撃
天頼の頭上に水の球体が生成されると、巨大な龍となってベヒーモスへと襲い掛かる。
それと同時、
「——
天頼は、左手に残していた地属性の魔力で術式を起動させる。
瞬間、地面から分厚い岩盤が何枚も突き出て、バリケードのように前方を広範囲に渡って隙間なく覆い隠す。
岩盤の周りにも防衛用の魔力障壁が強固に展開されていた。
恐らく、これはベヒーモスの反撃に備える為のものじゃない。
自分自身を……俺達を守る為のものだ。
——術式の余波で発生するであろう衝撃から。
地属性の術式で発生させた無数の岩石を全て火属性の術で超高熱のマグマを変化させ、そこに水属性の術式で生み出した膨大な量の水をぶっかける。
そうすれば何が起こるか……答えは単純だ。
水蒸気爆発——。
ベヒーモスに水の龍が喰らいつたであろう瞬間だった。
大地震が起こったと錯覚するくらいに地面が激しく揺れ、常軌を逸する凄まじい轟音と爆轟が階層全体を伝播する。
地属性の術式によって展開された岩盤の防壁と魔力障壁は、衝撃波によって一瞬で破砕された。
直後、力を使い果たしたことが原因か、天頼が膝からがくりと崩れ落ちた。
「天頼——っ!!」
すぐさま駆け寄ろうとした時、岩盤によって覆われていた視界が開ける。
ベヒーモスがいた場所を中心にして、天頼の術式によって守られた範囲を除いた一帯が巨大なクレーターと化していた。
これ程の威力だ。
常識的に考えれば、今の爆発に巻き込まれたら原形を留めるどころか、肉片一つすら残らないだろう。
だがしかし、ベヒーモスは——それでもまだ生きていた。
四肢が千切れそうになりながらも、双眸は俺達をしっかりと捉えていた。
「おいおい、嘘だろ……!!」
なんであれをもろに食らって生きてられるんだよ!
おまけにちゃっかりぶった斬ったはずの眼球も再生してやがるし。
まあ、なんとなく理由は想像がつくけど。
大人しく素直にくたばってくれよ、クソッタレ……!!
しかも、脅威はそれだけじゃない。
口元には膨大な魔力が高密度に収斂していた。
すぐにそれが何なのかを察する。
——魔力ブレスか!!
五体を残す程の魔力出力で天頼の術式と水蒸気爆発を耐え切って尚、反撃する余力を残してたというのか。
あまりの生命力に背筋が凍りつきそうになるが、すぐその可能性は振り払われる。
……いや違うな、多分あれは最期の力を振り絞った一撃だ。
体内の魔力を全て一点に集めたからだろう。
自重に耐えきれなくなった右腕が肩から千切れ落ちた。
確信する。
奴はもう虫の息なのだと。
バランスを崩して倒れそうになるもベヒーモスは、残った左腕と両脚でどうにか身体を支えて体勢を立て直すと、再びこちらに向けて魔力ブレスの照準を合わせてみせた。
危機を察し、天頼は必死に立ち上がろうとするが、もう身体に力が入らくなっているようで、両手と両膝で上体を支えるだけで精一杯となっている。
この状態で術式を行使するのは、とてもじゃないがもう無理だ。
もし強引に魔力を使おうものなら命に関わりかねない。
天頼を止めるべく俺は、彼女の肩に軽く手を乗せ、諫めるように言う。
「——天頼、もういい」
俺の発言に天頼は、大きく目を見開く。
「何、言ってるの……!?」
「これ以上、お前が戦う必要はない。もう勝負はついたんだよ」
「……ダメだよ。それじゃあ、皆んな死んじゃう……!! それなのに、諦めろっていうの!?」
天頼が今にも泣き出しそうな必死の形相で俺にしがみついてくる。
……うん、言葉が足らなかったな。
余計な動揺を誘ってしまったことを反省しつつ、
「すまん、説明不足だった。俺が言いたいのは……俺達の——お前の勝ちだってことだよ、天頼」
天頼の目を真っ直ぐ見据えながら言って俺は、サバイバルナイフを渾身の力で振り上げ、地面を薙いだ。
途端、さっきからずっと魔力を過剰に流し込み続けた反動で器が限界を迎え、刀身が根本から砕け散ってしまう。
だけど、何一つとして問題ない。
遠隔斬撃はちゃんと放たれた。
——少女を救出に向かう前からずっと魔力を籠め続けてきた、全身全霊の斬撃が。
ベヒーモスの首元へと——。
刹那、収斂していた魔力が唐突に霧散した。
数瞬遅れて、ベヒーモスの頭部が胴体から切り離され、ごとりと地面に落下した。
そして、ベヒーモスはぴくりとも動かなくなった。
静寂が訪れる。
聞こえるのは、一人一人の呼吸の音のみ。
それ以外は無音に包まれた少し異様な空気。
まさかS級モンスターと真正面から対峙して、無事に生き残れた事実に安堵する余りに放心する中、数秒……いや、十数秒たっぷりとかけて沈黙を破ったのは、
「っ〜〜〜……良かったあ〜!!」
天頼の心の底から出たであろう歓喜の声だった。
「やった、やったよ! 皆んな助かって、それでベヒーモスも倒せたよ!!」
「……ああ、そうだな」
「ん……あれ、嬉しくないの?」
「嬉しいけど、頭が回んなくてそれどころじゃねえ。悪いけど、喜びはあっちで分かち合ってくれ」
俺が指差した先にあるのは、涙目になっている少女とドローンカメラ。
あとついでに気を失ったままの少年。
すると天頼は、あっ、と間の抜けた声を発して、
「あはは……カメラのことすっかり忘れちゃってた。分かった。見てくれてる人達に報告してくるね!」
近くに置いてあるスケッチブックを回収しながら、少しおぼつかない足取りカメラの前に移動していく。
天頼の背中を横目に俺は、その場でどっかりと大の字になって倒れ、階層の天井を見上げる。
青空のような明るさの天井をボーッと見つめ、天頼に声をかけられるまで少しずつゆっくりと頭の中で状況を整理することにした。
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