第84話 対峙

 天頼の地属性魔術によって舗装された毒のない道を駆け抜ける。


 周囲には天頼を中心とした暴風が巻き起こり、モンスターの接近を阻む。

 特に飛行系のモンスターには影響が顕著で、滞空することすら困難となっており、離れたところで様子を見るかどこかに吹き飛ばされるかの二択なっている。


 だが、中には暴風を物ともしない奴もいて、猛烈な勢いで突っ込んでくる。


 そいつに対しては、


「っ——!!」


 遠隔斬撃で動きを止め、足を奪う。

 腱を裂くのが最優先だが、狙える場合は首を断つ。


 それからダークネスカオススライムとスフィアに関しては発見次第、即座にぶった斬っていく。


 大小の刀を無心に振るい、八方へ絶えず遠隔斬撃を飛ばしまくる。


「はあ……ああ、くそっ……!!」


「剣城くん!」


「大丈夫だ、問題ねえ……! 蛇島のところまであと少しなんだ。へばってなんかられるかよ……!」


 強がりだ。

 さっき鬼垣に行く手を阻まれたことで少しだけ休めたから、どうにか動けているに過ぎない。


 ちょっとでも気を抜けば、ぶっ倒れかねないのが実情だ。


 でも、あと少し。

 もう少しだけの辛抱だ。


 ここを掻い潜れば、蛇島の元へと辿り着く。


 そうすれば、俺の役目はひとまず終わりを迎える。

 ただその一心で、刀を振りまくり、そして——、


 その階層は、足を踏み入れた瞬間から他の階層とは大きく様子が異なっているのが分かった。


 無数に跳梁跋扈していたモンスターは、一体たりとも見当たらない。

 代わりに九つの頭を持つ竜と翼が生えたコブラに似た龍、それから全長が数キロにも渡るであろう大蛇が待ち構えている。

 いずれも毒液で構成されており、中心には三体の毒竜を従えた人物が俺らを待ち構えていた。


 大災害の元凶——蛇島大魑が。


 対峙したところで、東仙さんが足を止めて声をかける。


「……お久しぶりですね——蛇島さん」


「ええ、お久しぶりです。東仙さん、それから——サイレンスアサシン」


 蛇島がにこりと俺に笑いかける。

 瞬間——体内の血液が沸騰しそうになるほどの衝動に駆られる。


「蛇島ぁ!!!」


 怒りと憎しみと衝動のままに打刀で地面を思い切り薙ぎ払う。

 魔力を全力で籠めた渾身の一太刀は、毒沼と化した地面を這い、蛇島の胴体を両断するが——、


「全く、せっかちですね。闇雲に攻撃したところで効きはしないのは、先日の戦いでもうご存知でしょうに」


 無傷。

 肉体が液状化することで容易くやり過ごされてしまう。


「ああ、それからいつまでも無敵じゃいられねえこともな……!!」


「ふむ……やはり激情に駆られるだけではないみたいですね。流石、岩代さんのご子息なだけはある」


「お前が親父の名前を口にすんじゃねえよ!!」


「おっと、これは失敬」


 微塵も悪怯れもせずに言いのけ、蛇島は、


「それはそうと……私とのんびりお話しをしていていいのでしょうか? 貴方がたがわざわざここまでやって来たのは、歓談の為ではないでしょう」


 その通りだ。

 がここに来たのは、一つ奥の階層にある凝魔結晶を破壊し、前代未聞のアウトブレイクを終息させる為。

 だから、一秒だって惜しいが——、


「では、僕らが通りたいと言ったら、素直に通してくれますか?」


「いいえ。皆様にはここで死んでもらいます。鬼垣さんのところにいるであろう三人を含めてね。このアウトブレイクは終わらせませんよ」


 マントを脱ぎ、蛇島は微笑む。

 途端、今まで感じたことないレベルの膨大な魔力が周囲に溢れ出す。


「っ、これは……!?」


「私の毒液を介してモンスターや冒険者から魔力を頂戴し、蓄えていたものです。全ては、この日……この瞬間の為に」


「……なるほど。では、厳堂旧研究所で拉致した冒険者達から魔力を根こそぎ吸い上げていたのも、自身の魔力に変換する為だったというわけですか」


「いいえ、それは鬼垣さんの為です。彼が凝魔結晶を複製し、私が捕え、教育を施したモンスターを好きに呼び出す転移罠を大量に複製する魔力を賄えるよう、外付けの魔力タンクを用意したに過ぎません」


「……これは、ちょっと笑えないかな」


 東仙さんの額に冷や汗が流れる。


 体感、東仙さんと蛇島の魔力総量の差は五倍近くもある。

 もしこのまま真っ向からぶつかり合えば、先に音を上げることになるのは東仙さんの方だろう。


 これだけの量を備蓄するとなると、そこらの期間ではまず無理だ。

 数ヶ月、いや数年——もしかして、失踪してからずっとか……!?


「私がこうして大量に魔力を貯めてきたのは、それほど貴方を警戒していたということですよ。私の計画の最大の障害となり得るのは、東仙さん——貴方に他ならない。こうでもしないと、貴方の引斥魔術は突破できそうにないですからね」


「そこまで、僕を認めてくれてたんですね……!」


「ええ。組合筆頭の強さは、私も身に染みてよく分かっていますから。ですので、少しばかり大人気ないですが、こうして私が有利になるように色々と策を練らしていただきました。……尤も、総て目論見通りとはいきませんでしたが」


 蛇島は、ため息混じりに俺と天頼に視線をやる。


 恐らく、東仙さんの魔力を消耗させる狙いが失敗したからだろう。

 結局、東仙さんがダンジョン突入後に魔力を使ったのって、身体強化を除けば、さっきの高速移動くらいなもんだったしな。


「ですがまあ……問題ないですね。この手で直接叩き潰すとしましょうか」


「——っ、来る!!」


 蛇島が手を挙げると、三体の毒竜らが一斉に襲いかかって来た。

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