アフターストーリー

初めての顔合わせ-前編-

100万PV達成したので、記念短編です。

思ったより長くなったので前後編に分けて投稿します。


————————————


 荒野のダンジョン三十層。


 抜刀と共に遠隔斬撃を籠めた圧縮魔力を撃ち出す。

 狙いは前方上空で旋回しながら飛び回る巨大な怪鳥マラファル——このダンジョンのボスモンスター。

 当然ながら危険等級はS級だ。


 圧縮魔力は高速でマルファルに襲いかかるも、直前で上手く躱されてしまう。

 直後、翼を羽撃かせることで反撃として魔力が籠もった衝撃波を繰り出してきた。


「ちっ……!!」


 流石はボスモンスター。

 分かってはいたが、そう簡単に命中させてくれねえか。


 だが、不安定な体勢で放っているからか、回避は容易い。

 集中を切らさずに撃ち合っていれば、必ず勝機はこちらに訪れる。


「アシスタントくん、頑張れ〜!」


 しばらくの間、マルファルと攻撃の応酬を繰り広げていると、後方から声援が聞こえてくる。

 ほんの少しだけ視線をやれば、天頼がドローンカメラを抱えて笑っていた。


 ——ったく、後ろでのんびり見学だと気楽なもんだな。


 とはいえ、この状況は俺が申し出たことだ。

 寧ろ、天頼にはそこで高みの見物を決めてもらわないと困る。


(そうしねえと、俺の実力が示ねえもん……な!!)


 ——遠隔斬撃起動。


 二刀で乱舞し、大量の圧縮魔力をマルファルに向かって放つ。

 今は質よりも量、少しでも動きを鈍らせる。


 何度も攻防を繰り返したことで奴の動きは大体読めた。

 あとは……決定的な隙を見つけ出せれば——、


 思ったその時だ。


(——ここだ!!!)


 無理に圧縮魔力を回避しようとしたことで体勢が崩れ、マルファルの飛行速度が大きく下がった。


 刹那——俺は打刀を急いで納刀、鞘の中であらかじめ高速で循環させておいた魔力を爆発させ、そのまま全身全霊で抜刀一閃し、空を斬り裂く。

 一見すればただの空振り。

 しかし、刀身に手応えが伝わった瞬間——マルファルが大量の血を口から撒き散らし、真っ逆様になりながら地上へ落下し始めた。


 念の為、反撃に備え回避とカウンターの態勢は整える。

 しかし杞憂だったようで、マルファルは何の行動も起こすことなく地面に墜落してみせた。


 最後に遠隔斬撃でマルファルの喉元を掻き切り、奴が完全に息絶えたことを確認してから、俺は天頼の元へと歩み寄った。


「お疲れ様、アシスタントくん!」


 向こうからも駆け寄ってきた天頼が、労いの言葉と共にスケッチブックとペンを手渡してくる。

 俺はそれらを受け取り、空いているページにメッセージを書き込んでから、内容をカメラに向かって見せた。


[勝てました。ボスモンスター単独撃破成功です]


"ノリ軽っ!? 倒したのボスモンスターだぞ!!”

”すげえ、SA君が覚醒しとる……!”

”え、というか今どうやって倒したの???”


 チャット欄には大量のコメントが流れている。

 けれども、普段の配信と比べれば割合は四分の一程度だ。


[Sランク冒険者を目指すならこれくらいはやれないと]


[それと、どうやって倒したかは企業秘密]


”えー”

”教えてよー”

”なんでさ、いいじゃん”


[一応、必殺技みたいなものなので]


 座標を断つ遠隔斬撃は、親父を組合筆頭にまで押し上げた秘技だ。

 俺と親父の関係性を世間に公開していない以上、無闇に情報を大っぴらにするのは止めといた方が賢明だろう。


 ……つっても、もう無理に隠す必要もねえかなとは思ってるけど。

 親父と交流があった人間からすれば、スキルを見れば俺が息子だって一発で見抜いてしまう、そうじゃなくても何かしらは勘づきそうだし。


 だとしても、わざわざ自分からひけらかす必要性はどこにもないってだけの話だ。


”四葉ちゃんはなんか知らないの?”

”四葉ちゃん、さっきのSA君の謎の攻撃について解説してー”


 俺が口を割らないからか、リスナーの注意がカメラの外に天頼に向けられる。

 だが、天頼は「ん〜」と、勿体ぶるような仕草を挟んでから、


「ないしょ!! 皆んなのご想像にお任せしまーす!」


 イタズラっぽい笑みを浮かべながら、そう言ってみせた。




 *   *   *




 リスナーからの質問をどうにかやり過ごし、ダンジョン配信を終了させた後。

 もうカメラが回ってないことを確認してから、天頼は満面の笑みを浮かべつつ、軽い足取りで俺の前に歩み寄る。


「お疲れ様、剣城くん。これで三つ目のボスモンスター単独撃破だよ!」


「ああ、でもまだまだだ。もっと鍛えて、さっさと五十層クラスのボスモンスターもソロで倒せるくらいにならねえと」


 配信でSランク冒険者になると宣言してから二週間。

 冒険者組合が昇格を認めるだけの実績を積み上げる為に俺は、天頼のサブチャンネルも兼ねた俺主体のチャンネルを新たに開設し、各地のダンジョンのボスモンスター単独討伐配信を始めていた。


 今回はその二回目。

 直近の目標としては、都内にある三十層台のダンジョンを制覇するつもりだ。


「頑張るね〜。でも、そこまで無理にやらなくてもいいんじゃない?」


「無理はしてねえよ。ちゃんと俺が出来る範囲でやってる。ただ……お前に並ぶと決めた以上、のんびりしてられねえってだけだ」


 Sランク冒険者の壁は俺が思っている以上に高い。

 蛇島が起こした一連の事件に巻き込まれるみたいな例外を除くとして、自分から積極的にアピールしていかなければ、いつまで経っても到達などできはしない。


 だからこそ、こうやってボスモンスターを単独で討伐する配信行脚を行っているわけだが……って、ん?


「どうした?」


 ふと視線をやれば、天頼が若干頬を赤らめつつも、嬉しそうに微笑んでいた。


「剣城くん、会った頃と比べてすごく変わったなーって。前のきみだったら、自分からSランク冒険者になるとか言ったりしなかったでしょ?」


「……確かに。天頼と出会った頃はまだDランクだったし、そもそも上昇志向なんて微塵もなかったしな」


「おまけに自己評価もやけに低かったもんね。それこそちょっとムカつくくらいに。まあでも、今ならその理由もちょっとは理解できるけど」


 剣城くんのお父さん、凄い人だったもんね。

 俺の腰に携えてある大小の刀を一瞥しながらそう付け加えて、天頼はふっと目を細めた。


「……まあな。親父は今でも俺の憧れで、目標だよ」


「そっか。——ところでさ、剣城くん。話は変わるんだけど、明後日って何か予定ってあったり、する?」


「明後日? 一応、あるっちゃあるけど……どうした?」


 訊き返せば、天頼はおずおずと、


「もしかしてだけどさ、それって——ご両親のお墓参り、だったり……?」


 天頼の推察にぴくりと肩が跳ねる。


(……いや、天頼なら容易に想像がつくか)


 何せ、その日は——、


「まあな」


 親父と母さんの命日。

 即ち、未曾有の大災害が発生した日だ。


 それと天頼の両親の命日でもある。


「それがどうかしたか?」


「うん、あのね……もし、剣城くんが良ければ、なんだけど。その……私も、一緒にお参りさせて貰ってもいいかな。一言でいいから挨拶に伺いたいんだ」




 *   *   *




 やべえ、今日になって滅茶苦茶緊張してきた……!!!


 あの時は二つ返事で了承しちゃったけど、よくよく考えてみればダンジョンとか配信に関係すること以外で天頼と行動するの初めてじゃん。

 つもりこれって、デー……いやいやいや、そんな浮かれたもんじゃねえって。

 やることは互いの家の墓参りだぞ。

 青春っぽさとか皆無だし、それ以前にそんな邪な考えすんのは向こうの御両親に失礼だろ。


 これはあくまでダンジョンで互いの命を預け合うバディとして紹介し合うってだけの話だ。

 それ以上の他意はない、うん、そうだ。


 などと自分でもよく分からない理屈を朝からずっと自分に言い聞かせ、ようやく放課後になったところで、俺はスマホを開きメッセージアプリを起動させる。


[こっちは終わったぞ]


 簡潔にメッセージを送信する。

 宛先は勿論、天頼だ。

 放課後になったら一報知らせるように約束をしていた。


 すると、チャット画面を閉じるよりも先に既読が付き、着信画面に切り替わる。

 天頼が通話をかけてきた。


 マジかよ、ここ教室だぞ……!?


 念の為、周りに声を聞かれないよう、急いでスマホにイヤホンを繋いでから通話に応答する。


「もしもし、どうした。いきなり通話してくるなんて」


『うん、ちょっとね。やりたい事があってさ』


 イヤホン越しに聞こえてくる声はどこか軽く弾んでいる。

 それから微かに人の声も混ざっている。


 どこか人通りの多い場所にでもいんのか……?

 いや、それよりも、


「予定変更ってことか。今日が無理そうなら改めて——」


 言いかけた時だ。


 唐突に通話画面がカメラ映像に切り替わる。

 そこに映し出されのは、周りに顔を見られぬよう大きな丸眼鏡をかけ、深めの白いフードを被った制服姿の天頼。

 背後には俺の高校と同じ名称の看板があった。


 ……ん?


 見慣れた光景、ちらりと画面に入る俺と同じ制服。

 ……うん、間違いねえ。


「おい、まさか……!?」


『サプラーイズ。えへへ、来ちゃった』


 語尾にハートが付いてそうな口調でテヘペロする天頼。

 思わず息を大きく吐き出し、天井を仰ぐ。


「…………………………」


『あのー、剣城くん……? おーい』


「……すぐそっちに行くから、絶対にそこ動くんじゃねえぞ」


 返事を聞くよりも先に通話を切り、速攻で荷物を纏めてから猛ダッシュで教室を後にする。


 ——何してくれてんだよ、あいつ!!?


 仮にもチャンネル登録百万人を超える超人気配信者だぞ!

 こんなとこにいきなり現れたら騒ぎになんだろうが!!


 まだ周りに天頼だってことはバレてなさそうだけど、他校の人間が校門前に立っていたら否応にも人目を引いてしまう。

 あのレベルの変装じゃ、気づかれるのも時間の問題だ。


 マジで何が目的なんだよ……!!


 答えが出ないまま校門まで辿り着くと、既に天頼の周りにちょっとした人集りが出来ていた。

 なんならチャラそうな男子生徒に声をかけられていた。


「チッ、ちょっと遅かったか……!」


 ほら、言わんこっちゃねえ。

 こうなる事は容易に想像がついてたはずだろ。


 けど、パッと見た感じは天頼だってことは気づいてなさそうだ。

 いつの間にか付けていたマスクで顔が殆ど隠れてるからだろう。


 逆になんか不審者っぽくなってるけど、バレてねえならいいか。


「あそこに突っ込むのは、めんどくせえけど……んなことも言ってらんねえよな」


 意を決して、天頼の元へと駆け出す。


「ねえねえ、何か返事くらいしてもいいんじゃない? 待たせてる奴なんか放っといてさ、俺とどっか楽しいことでも——」


「すまん、こいつ俺の連れだから! 悪いけど他当たってくれ!」


 声を張り上げながら天頼の腕を掴み、駆け足でこの場を離れる。


「ちょっ、待ちやがれ! おい!」


 後ろから怒鳴り声が聞こえてくるが、ガン無視で走り続ける。

 追いかけてくる様子はないが、もしもがあると面倒だ。


 ダンジョン外で魔力を使うわけにもいかねえしな。


「天頼、もう少しだけ走るぞ」


「う、うん」


 周囲の気配を探りつつ、人気のない場所まで移動する。


 ——ここまで来れば、もう大丈夫か。


 そして、周りに誰もいないことを確認してから振り返り、


「なあ、なんでわざわざこっちまで来たんだよ。待ち合わせ場所は予め決めといただろ」


「うん、まあ、そうなんだけどさ」


 天頼に訊ねれば、どこか歯切れの悪い反応が返ってきた。


「その……剣城くんのご両親に挨拶するんだって思ったら、なんだか緊張してきちゃって。それで居ても立っても居られなくなって。流石にいきなりは迷惑かなとは思ったんだけど……やっぱり嫌だった、よね」


「……まあ、迷惑かそうじゃないかで言えばイエスだけど。でも別に構わねえよ。お前の突拍子もない行動に巻き込まれるのはもう慣れてるし。それよりも……天頼もちゃんと罪悪感を覚えたり、申し訳なさを感じることとかあったんだな」


「あるよ! もう、きみは私をなんだと思ってるのさ」


「あはは、冗談だよ」


 むっと頬を膨らませる天頼がおかしくて、つい声を立てて笑ってしまう。

 おかげで緊張がちょっとだけ解け、内心ほっと胸を撫で下ろした。


「——にしても、緊張してたのはお互い様だったんだな」


「……へ?」


「いや、だって、天頼とこうしてダンジョンとか配信とか全く関係なしに会ったりどっか行くのって何気に初めてじゃん。だから正直、朝からずっとソワソワして仕方なかったよ」


 つい本音を吐露すれば、天頼は目を丸くしていた。

 けれど、すぐににんまりとした笑顔に切り替わり、未だ掴んだままだった俺の手を腕から引き剥がすと、逆に俺の腕をガシッと掴んで足早に歩き出した。


「よし、それじゃあ行こっか!」


「お、おい!?」


 そして俺は、謎に上機嫌になった天頼に引っ張られるのだった。

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