第76話 ブリーフィング
輸送ヘリは、東京湾に向かって移動を再開する。
組合本部から東京湾まではあっという間だ。
その僅かな時間。
阿南さんがダンジョン突入後の作戦を説明する。
「移動中の隊列は二、二、二。前列は私と征士郎、中列は春川と天頼、後列は東仙とSAだ。時と場合によって隊形は変えていくが、これが基本だ」
「うす」
道中の戦闘は、征士郎さんと阿南さんが受け持ち、術式使いである天頼と春川さんは、左右を警戒しつつも極力戦闘に参加せずに魔力を温存。
俺と東仙さんは、殿を務めつつ臨機応変に動けるようにするのが狙いらしい。
前門の虎、後門の狼とはよく言ったものだ。
正直、この二人だけで大抵のモンスターは蹴散らせる気がするだけでなく、門の中には強力な大砲役が二人も構えている。
贔屓目抜きにしても、この布陣を崩せる存在など、まずいないだろう。
——まあ、油断してたら簡単に足元掬われそうだけど。
仮にも国内でも最難関と謳われるダンジョンの一つだ。
途中で何が起こったとしても不思議ではない。
「……なるほど、やることは大体分かった。俺は雑魚共の露払いをすりゃいいってわけか。でも、昌隆さん……一つ聞いていいすか?」
はいはーい、と挙手して征士郎さんは、
「道中のことは、それで良いっすけど……どうやってダンジョンの中に突入するつもりなんすか。周りはモンスターがうじゃうじゃいるんすよね?」
「その通りだ。ダンジョン周辺には数千体ものモンスターが現在進行形で出現し続けている。真正面から突っ込むのは得策とは言えない」
東京湾ダンジョンは、羽田空港からおよそ十キロ離れた辺りに位置している。
まだ湾岸に到達していないとはいえ、大量に蔓延るモンスターの群れの中を数キロにも渡って海を突っ切るのは些か無謀というものだ。
そもそも、ダンジョンに入れなければ話にならない。
「だから——最短距離での突入を仕掛ける。作戦という程ではないが、算段は既に考えてある」
阿波さんが言ったのと同じタイミングで、パイロットが報告を上げる。
「東京湾に到達しました。およそ三分後に東京湾ダンジョンの真上に到達します」
「真上……って、まさか!?」
「ああ、真上から降下してダンジョンへ突入する。これが最速最短のやり方だ」
おいおい、流石に無理矢理過ぎんだろ……!!
確かに空から突っ込むのが一番早いけどよ……ここ上空五百メートルだぞ!
「わお、大胆」
春川さんも困ったような笑みを溢していた。
とはいえ、実行するにあたって障害が幾つかある。
「降下するって言っても、それ用のロープとか無いです、よね? それに空中にもモンスターがいるって話じゃ……!」
「問題ない。東仙の術式があれば、この高さから自由落下しても無傷で済む。少々、三半規管に堪えるかもしれないがな」
東仙さんの術式——。
以前のブレイクアウトの際に少しだけ目にしたな。
確か——モンスターを圧し潰したり、引き千切っていたのは覚えている。
けど、具体的にどんな性能なのか詳しくは知らない。
親父同様、意図的に情報を伏せているからだろう。
疑問を抱いているのは天頼も同様だったようで、東仙さんに訊ねる。
「あの……差し支えなければ、東仙さんの術式について教えてもらってもいいですか?」
「……ああ、そうだった。天頼さんとSA君は知らないんだったね。今更の紹介にはなるけど、僕の術式は”引斥魔術”——簡単に言えば、誘引と反発を生み出し操る。ただそれだけの術式だよ」
だけって……普通にエグいだろ。
少なくとも”だけ”なんて形容で済む性能じゃないことは明らかだ。
まあ、組合筆頭なのだから当然と言えば当然だけど。
「僕の術式で落下速度を緩めて、皆んなを安全に着地させる。降下中にモンスターが襲ってきた時は、阿南がなんとかしてくれるよ。だよね、阿南?」
「勿論だ。空中のモンスターからの攻撃は全て私が防ぐ」
大盾を床に立てながら、阿波さんは力強く答える。
既に実力を知っているというのもあるが、物凄く頼もしさを感じさせてくれた。
「アッハッハ、さっすが昌隆さん! 普段は参謀っぽいけど、その実、意外とゴリ押しするよな!」
「……文句あるか?」
「いいや、全く! アンタの考えなら従いますよ!」
言って、征士郎さんは不敵に唇を釣り上げた。
それからすぐのことだ。
「間もなく目標ポイントに到達。ドア開きます」
二度目のパイロットの報告と同時、ヘリの両側の扉が開かれる。
直後、打ち付けるような強風が身体を打ち付ける。
ドアから顔を覗かせ、下を確認すれば、数えきれないほどのモンスターが海と空に蔓延っていた。
「うげ……これ全部がモンスターかよ……!」
海上のモンスターの群れが岸に到達する気配はまだないが、それも時間の問題だ。
あと一時間もすれば確実に湾岸全域が——戦場となる。
再確認した途端、ぞくりと寒気立ち、緊張が高まる。
今からこの中に飛び込むのか……。
分かってはいたつもりだけど、やっぱ……怖えな。
だが、胸の奥で蠢く激情がすぐに恐怖を飲み込んだ。
そして——、
「目標ポイントに到達しました。いつでも降下可能です」
「承知した。我々が降下を開始したら、君はすぐに戦闘区域を離脱してくれ」
「了解」
パイロットが答えてから、俺達は半分に分かれ、並ぶようにしてドアの前に立つ。
「三カウントで行くぞ」
阿南さんが指示を出し、俺らはそれに頷く。
そして、一瞬の間を置いてから、
「三、二、一——行くぞ!」
阿南さんの合図と同時、俺らは一斉にヘリから飛び降りた。
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