第38話 空を駆ける一閃

 打刀を鞘に納め、刀身に魔力を流し込む。

 まずはこの状態を維持しつつ、天頼がいる場所と別方向に駆け出す。


 直接行ったところで俺が出来ることは何もないし、そんな時間もない。

 俺ができることは遠距離からの援護だけ。

 だったら、俺が向かうべき場所はあそこしかない。


 視線の先にあるのは、結界内に突入してすぐに伊達さんの術式で作り上げられた樹木の物見櫓。

 あそこからなら一直線に斬撃を飛ばすことができる。


 ——空を駆ける斬撃を。


 現状、ダークネスカオスジャンボスフィアを撃破することの出来る唯一の手段。

 だが、今の今まで成功した試しは一度もない。

 ぶっつけ本番で成功させるしか勝ち筋はない。


 一応、スキルの道筋は頭の中にある。

 でもあと一歩何かが足りない。


 このままだと技を決められるビジョンが浮かんでこない。

 今のままでは、ほぼ確実に不発に終わってしまうだろう。


 だとしても、ここで絶対に成功させなければならない。

 ダークネスカオスジャンボスフィアの撃破、並びに天頼をグランザハークの戦いに参加させることは、今後の行方を大きく左右させるはずだから。


 樹木に辿り着き、僅かな足場を飛び移りながら櫓へと昇っていく。

 足が幹に触れる瞬間だけ魔力にブーストをかけることで、一瞬だけ脚力を強化し、少ない歩数で頂上部へと駆け上がっていく。

 これなら魔力消費を抑えつつ、瞬間的な膂力の向上が可能となる。


(——ん、これって……?)


 今のは半ば無意識にとった直感的な行動だ。

 だけど、再現性はあるし、ある程度の応用はできると思う。


 例えば、殴る蹴るの打撃が当たるその一瞬。

 物を投げる際に投擲物が指から離れる瞬間。

 それから——剣を鞘から引き抜くその刹那。


 ——脳裏に閃きが走る。


(これだ……これだ、これだ!)


「掴んだ……掴んだっ!!」


 成功させる確証はどこにも無い。

 だけど、それでも試す価値は十二分にある。


 頂上に辿り着き、伊達さんが俺に用意してくれた足場に立ったところで、俺は鞘口辺りに魔力を収斂させる。

 ありったけの魔力を一点に集中させ、限界まで圧縮させる。


 鯉口を切り、視線を遠方に向け、狙いを定める。

 五百メートルほど先に見えるのは、荒れ狂う地水火風の術式。

 それを一切ものともせずに、圧倒的な量の魔力を放出し続ける巨大な黒い水球。


 まさに破壊と破壊がぶつかり合う大怪獣決戦。

 だが時間が経てば経つほど、だんだんと天頼が劣勢に立たされていく。


 だから……俺がそいつをひっくり返す!


 ボスは言った。

 スキルを拡張させる為に最終的に必要になる要素の一つは、些細なきっかけだと。


 天頼は言った。

 俺にあと足りていないのは、ちょっとしたコツだと。


 ぶっちゃけそれらが具体的になんなのかは、未だによく分かっていない。

 だとしても、直感に身を委ねて持ち得る技術を全てこの一振りに注ぎ込む。


 ——呼吸を整え、意識を深く鎮める。


 魔力を流し込んだ刀身の上に別の魔力を纏わせる。

 加えてそいつを鞘の中で圧縮させながら、高速で循環させておく。

 抜刀する瞬間に解放することで、更に加速させた一太刀を放てるようにするのが目的だ。


 だけど、これじゃあまだ足りない。


「あともう一押し……!!」


 最短距離で一直線に届かせるイメージで遠くにいるスフィアを睨め付ける。

 腰を深く落とし、柄にゆっくりと手をかけて居合の構えを取る。


 ——集中しろ、この一撃に全てを懸けろ。


 集中力が高まっていくにつれ、余計な情報が削ぎ落とされていく。


 モンスターの咆哮。

 冒険者たちの叫び声。

 戦闘によって引き起こされる爆発音。


 音が消えていく。


 土や砂の匂い。

 漂う樹木の香り。

 モンスターどもの匂い。


 嗅覚が一時的に情報の取得を中断する。


 今の俺にある感覚は、ターゲットを捉える視覚。

 足場を踏み締め、打刀と鞘を握り締める感触。

 それから全身と刀を巡る魔力に限定されていく。


 そして、深く息を吸ってから、刀を引き抜こうとした。

 ——瞬間だった。


 目の前が漆黒に染まる。

 グランザハークの魔力ブレスが再び俺に迫ってきていた。


「——っ!!」


 ほぼほぼ反射で宙に身を投げ出すことでどうにか攻撃を逃れる。

 しかし、爆風によってあらぬ方向に吹っ飛ばされてしまう。

 身体の平衡感覚がバグり、上下が分からなくなる。


 気づいた時には、俺の身体は既に真っ逆様になっていた。


 あまりにも想定していなかった事態。

 だけど、不思議と焦燥は生まれてこなかった。

 それよりも思考は、いかにして遠隔斬撃を成功させるかにフォーカスしてあった。


 収斂させた魔力は霧散していない。

 精神も凪いだ状態を維持できている。


 であれば……何も問題は、ない!!


 柄を力一杯に握り締め、全力で鞘から刀身を引き抜く。

 同時、鞘の中で圧縮させておいた魔力を解き放ち、抜刀速度を加速させる。

 鞘口辺りに収斂させた魔力を斬りつけ、遠隔斬撃を起動させる。


 ——重要なのはここからだ。


 収斂させた魔力と打刀の切っ先が触れる刹那、俺は魔力をより圧縮させる。

 このやり方だと維持できる時間は数秒にも満たないが、これで遠隔斬撃が乗った魔力を射出するだけの密度を保つことが可能になる。


 しかし、数秒保った程度では意味が無い。

 魔力が霧散してしまうまでに対象にぶつけなければならない。

 その対策として鞘の中で魔力を圧縮させておいた。


 抜刀速度を上げることも目的の一つだが、それとは別に鞘口に収斂させた魔力を射出させる際のブースターとして利用することで、推進力を底上げさせる狙いもある。

 そうして放たれた遠隔斬撃を含んだ圧縮魔力は、目にも止まらぬ超スピードで真っ直ぐに空中を駆け抜けていく。


 真っ逆様なまま身体が自由落下を始める。

 その最中、遠い視線の先に映ったのは——スフィアが真っ二つになって崩壊する光景だった。

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