第86話 筆頭として
鋼理と四葉を送り出した後、東仙は改めて蛇島と向き合う。
猛毒の氾濫と大爆発による熱と衝撃波で地面はすっかり禿げ上がり、八十六層は正真正銘の死の大地と化していた。
「行かせてしまって良かったのですか?」
毒液で肉体の再生を完了させた蛇島が訊ねる。
「微々たる差とはいえ、子供らがいた方がまだ勝算があったのでは」
「そう……かもしれないですね。でも僕らの目的は、あなたが引き起こしたアウトブレイクを終わらせることですから。であれば、ここは彼らを先に行かせて僕一人で戦った方が賢明でしょう」
言って、東仙は再び引力、斥力を発生させる小空間を大量に展開する。
一歩でも入り込んだが最後、対象を肉片にする必殺の術式。
蛇島と復活する毒の竜三体が即座に潰れ、四散する。
しかし、どれだけ破壊しても——、
「無駄ですよ」
幾許も無く復活する。
何度も、何度でも猛毒の怪物共は蘇る。
「どれだけ足掻いたところで、貴方が私に勝つことはない。大人しく帰ることをお勧めしますよ、東仙さん。貴方ほど才能ある人間を殺してしまうのは勿体無い」
「忠告ありがとうございます。ですが、お断りします。蛇島さん、あなたはここで倒れてもらいます。本当は法の裁きを受けてもらいたいところですが……とてもじゃないけどそれは無理そうなので——ここで殺します」
「やれやれ、物騒ですね。貴方もそこまでして私を殺したいのですね」
数秒の沈黙。
蛇島の問いかけに対して答えを迷った末、東仙は頭を振った。
「いえ。薄情ですが正直、僕自身としてはそれほどでも」
「……ほう。では、何故?」
「SA君がそうであるように、僕にとってもあなたは岩代さんの仇だ。あなたに憎しみが無いと言えば全くの嘘になる。……けれども、僕があなたを殺すのは復讐の為じゃない。あなたが社会を崩壊させようとする危険因子に他ならないからだ」
真っ直ぐと見据え、東仙は淡々と続ける。
「僕は組合筆頭だ。組合最強の冒険者として社会の秩序を、平和を守る責務がある。だから、私情ではなく大義を果たす為にあなたを殺します」
「なるほど……大義、ですか」
呟くと、蛇島は露骨に大きなため息を吐いた。
心底落胆しているのか、侮蔑の眼差しを東仙に向ける。
「つまらないことこの上ないですね。東仙さん、貴方も岩代さんみたいなことを言うようになってしまいましたか。残念です」
「当然ですよ。だって僕は、その岩代さんの遺志を継いでこの立場にいますから」
「……それもそうですね。今のは野暮な発言でした」
蛇島がふっと笑みを溢した。
——刹那、毒の大津波が東仙へと襲い掛かり、毒の竜が一斉に毒液のブレスを放った。
途中、空中に点在する引斥力の小空間に侵攻を阻まれるが、それでも尚、処理しきれない程の圧倒的物量が東仙へと押し寄せる。
だが、一滴たりともそれらが東仙に届くことはない。
彼の周囲に展開された斥力のバリアが外部からの干渉を全て押し退ける。
「では、お望み通り殺し合いといきましょう。願わくば、互いにとって良き時間にならん事を」
「良き時間……ですか。生憎ですが、もう最悪から変わることはないですよ。この戦いの結果がどうなろうともね」
自嘲を含んだ澄み切った瞳。
東仙は魔力を迸らせ、展開した小空間を縦横無尽に暴れさせると、
「……ああ、そうだ。蛇島さん、一つだけ僕個人の私情であなたを殺す明確な理由がありました」
「なんでしょうか?」
「子供を——あの子を人殺しにはしたくない。たとえ相手が凶悪な人間だったとしても、手を汚すのは大人がやるべきことです」
一瞬、蛇島の目がきょとんと丸くなった。
それからくつくつと喉を鳴らして、改めて冷め切った視線を東仙へ刺す。
「なるほど、責任感によるものですか。やはり、貴方はつくづく——つまらない。反吐が出るくらいに不愉快だ」
「つまらまくて結構。それで多くの人々を救えるのなら」
そして、双方の術式が激突する。
かつての後継者同士による決戦はより苛烈さを増していく。
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