第73話 再現、再来、再臨
”え、悲劇ってなに?”
”十年前の悲劇キリッ(`・∀・´)笑”
”というか、すげえイケおじじゃん”
”後ろにいるの誰?”
”あの、そこ本当に東京湾ダンジョン?”
”え、今蛇島って言った!?”
蛇島の第一声に困惑のコメントが流れる。
内容は様々だが、誰一人として状況を理解できている者はいない。
当然、ここにいる俺達も含めて。
驚くのも束の間、阿南さんと東仙さんのスマホに着信が鳴る。
電話を取る二人をよそに蛇島は画面の向こうで話を続ける。
『本題に入る前に少々自分のことについて語らせていただきます。私の簡単な経歴と私が理想とする世界について』
——理想とする世界。
ぜってえロクなもんじゃねえ。
『かつて私は、冒険者組合に所属していました。かつての冒険者ランクはS——これでも一応、組合筆頭に近い立ち位置にはいたのですよ。……尤も、今となっては、その立場などどうでもいいのですが』
蛇島は、自嘲気味に小さく笑う。
”S!?”
”組合筆頭レベルってヤバくね”
”立場どうでもいいは草”
”その言い方だともう組合にはいないの?”
”あ、昔見たことあるかも”
たまたまコメントの一つが目についたようで、
『今、コメントにありましたが。その通りです。現在は組合には身を置いてありません。十年前にとある事情で姿を消していましたので。もしかしたらまだ籍は残っているのかもしれませんが』
”おい今さらっとすげえこと言ったぞ笑”
”あ! この人ずっと行方不明だった人じゃん!”
”お前、生きてたのかよwwww!!”
ちらほらと蛇島を知る者、気付いた人間が出てくる。
十年間、社会から潜伏していたとしても、曲がりなりにもSランク冒険者だ。
一般人からの認知されていてもおかしくはない。
片手間でスマホを取り出し、SNSを確認してみる。
案の定というべきか、蛇島の配信に関連するワードがトレンドに入り始めていた。
『——さて、話を本筋に戻しまして、次に私の理想とする世界をお話しいたしましょう。私の理想の世界……一言で表すとすれば——混沌です』
”ん、厨二病?”
”話の流れ変わったな”
”その歳で混沌とかキッツ笑”
”イケおじだけど痛いよw”
流れるコメントは殆どが嘲笑するものばかりだが、蛇島は本気で言っている。
何せ奴は、逃亡する直前にこう言っていた。
——『またお会いしましょう。次は——阿鼻叫喚なる戦場で』と。
『ふふ、そうですね。私でもおかしな事を言っている自覚はあります。ですが……そのくだらない理想を実現できたら、最高に面白くなるとは思いませんか?』
蛇島はカメラに向かって問いかけると、大きな身振りを交えながら、
『私が理想とする世界。それは十年前にありました。都内七ヶ所のダンジョンで同時に発生したアウトブレイク——ダンジョンの中にしか棲息しないはずのモンスターがこちらの世界に流れ出たことで、街が破壊の限りを尽くされ、多くの命が奪われた最悪の惨劇。夥しいまでの死と血に塗れた街を見て私は思いました。なんと……なんと美しいのだと!!』
高らかに叫んだ。
それと同時、後ろにいた鬼垣が掌を地面に置き、
『
スキルを起動させた。
瞬間——カメラの奥で、巨大な水晶が地面から突き出るようにして生成された。
「なっ……!!」
高さ、幅、奥行き……どこをとっても三十メートルは優に超えているであろう紫色の結晶。
それは、思わず息を呑むほどに美しく——戦慄を覚えるものであった。
「——ねえ、これって、まさか!?」
天頼がばっと物凄い勢いで東仙さんに振り返る。
少し遅れて俺も東仙さんに顔を向けると、東仙さんは顔を強張らせて答える。
「……っ、間違いない。これは——
凝縮結晶——やっぱりか!!
階層内の魔力濃度が極限にまで高まることで生成される巨大結晶。
そいつが生み出されたってことは、だ。
”え、ちょっと待って”
”これ、あれだよね?”
”おい、嘘だよな?”
”えっと……やばくね?”
”は、サイレン鳴ったんだけど”
”まさか本物?”
全員の脳裏に浮かんだ予感。
これを肯定するように蛇島は、にこりと笑ってみせた。
『ええ、その通りです。これから、ここ——東京湾ダンジョンを中心としたアウトブレイクが発生します。十年前の大災害の再来です』
まさに悪魔の笑み。
コメントが大いに荒れ始めるが、それに構う事なく、
『発生源はここ一ヶ所だけですが、規模は十年前と同等。ダンジョンの外に大量出現したモンスターは、四方に散りながら一斉に海岸へと迫っていき、上陸次第——鏖殺を開始します』
”ヤバイヤバイヤバイ!!”
”ふざけんな!!!”
”今すぐ止めろよ!”
”お前、頭イカれてるのか!!!”
”え、ほんとにモンスター来るの?”
”湾岸の奴ら今すぐ逃げろ!!!!!”
俺と天頼、上屋敷のスマホから災害警報のアラートが鳴り響く。
蛇島の言葉が現実になろうとしていた。
『ですので、止めたければここまでやって来てください。私はこの一つ前の階層——八十六層でお待ちしておりますので。それでは、再び街が、都市が……社会が崩壊する様をごゆるりとお楽しみください』
最後にそう言い残して、配信はぶつりと途切れた。
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