第89話 一閃、全てを飛越して

 どうして、こんな……!?


 いや、ちょっと考えてみれば答えは明白だ。

 天頼も俺と同様……いや、それ以上に魔力を消耗してしまっているからだろう。

 そんな状態で術式を三つ同時に発動すれば、身体にガタがきてもおかしくはない。


 実際、前のアウトブレイクでグランザハークと戦った時も術式の三つ同時起動でぶっ飛ばし過ぎたのが原因で気を失ったわけだしな。

 それ程までに術式の多重発動ってのは、身体への負担がデカいらしい。


 ——って、今はそんな呑気に分析してる場合じゃねえ!!


「おい、大丈夫か!?」


「……ちょっとだけ、だいじょばないかも。流石にここに来ての術式三重起動はやっぱりキツいね」


「だったら、なんで——!!」


 問い詰めれば、天頼は小さく笑って、


「そんなの、決まってる。きみが……私の相棒だから、だよ」


 言い切ってみせた。


「きみがピンチになれば、迷わず助ける。今まできみが、私にそうしてきてくれたように、全力で。ただ……それだけだよ」


「……馬鹿。だからって、お前が倒れたら元も子もねえんだぞ」


 今展開している水と地属性の術式が解除されてしまえば、俺らは成す術なく毒の濁流に飲み込まれてしまうんだから。

 俺の苦言に天頼は、堪らず苦笑を浮かべていた。


「あはは……面目ない」


「だけど、おかげで助かった。ありがとな、天頼」


「どういたしまして。それじゃあ……モンスターを倒すのは、任せたよ。剣城くん」


「ああ。ちょっと待ってろ。今度こそきっちり仕留めてやる。だから、あともうちょっとだけ耐えてくれ」


 天頼が力強く頷くのを後目に俺は、二刀を鞘に収める。

 呼吸を整え、全身を脱力させながら居合の構えを取る。


 もうそんなに時間が残されていないのは十二分に分かっている。

 けれど、だからこそ落ち着いて次の攻撃の準備をするべきだ。


 練り上げた魔力が身体の隅々まで巡り、満ち満ちていくのを感じつつ、肺に溜まった空気をゆっくりと吐き出す。

 目を閉じ、意識を深く鎮め、極限まで集中力を高める。


 力技じゃどうにもならない。

 手数で押しても結果は変わらなかった。


 今のままでは十中八九手詰まり——でも、まだ手は残されている。


 だけど、それは完全な賭けだ。

 成功する確信なんてない。

 でも、やるしか活路はない。


 深呼吸を繰り返す度、ダンジョンを駆け抜けていた時の感覚が蘇ってくる。

 余計な思考や感情が消え、ぼやけたイメージが少しずつ鮮明になっていく。


 親父が使っていたという、不可避の一太刀のイメージが——。


 遠隔斬撃——斬りつけた箇所を起点として地面や壁を伝播し、狙って地点へと斬撃を発生させるスキル。

 ずっとそう考えてきた。


 ……だけど、本当にそうなのか?

 そうじゃない、それだけじゃないはずだ。


 ——スキル拡張。


 解釈を拡げ、スキルの性能を一段階上へ昇華させる技術。

 どうすれば、その境地に辿り着けるか考えて続けてきた。


 無我夢中でダンジョンを駆け抜けている間。

 ダンジョンに突入するまでの間も、アウトブレイクの最中も。

 ……いや、それより前からずっと、ずっと考え続けてきた。


 あとちょっとだけ、ほんの少しだけでいい。

 完全な無心状態に入れれば、その答えに辿り着ける気がする。


 しかし——濁流が大きく揺れ動く。

 ハッと前方に視線をやれば、拮抗状態に痺れを切らしたのか、巨人が濁流を吸収して更に巨大化しながらこちらに近づいてきていた。


「おいおい、ガチかよ……!!」


 あんなのに直接叩かれでもしたら一溜まりもねえぞ。

 つい焦燥に駆られ、集中が乱れかけるも、


「——大丈夫、私が食い止めるよ。剣城くんは、自分のことに集中して」


 天頼の一声だけで不思議と冷静になれた。


「……頼んだ」


 再び目を閉じ、精神を研ぎ澄ます。

 緩やかな呼吸を繰り返す。


 次第に凪が訪れ、匂いが消え、抜刀に関連する以外の感覚が遮断されていく。

 もう巨人がどこまで迫って来ているのかさえも分からなくなる。


 ——でも、これでいい。


 俺が求めていたのは、まさしくこの状態なのだから。

 今なら拡張した遠隔斬撃を放てる予感がする。


 周囲の気配を探る。


 俺が斬るべきもの。

 それが今どこにあるのか、その座標を。

 視覚にも聴覚にも頼らず、直感と気配だけで。


(あと、もう少し……)


 今まで俺は、同じ面にある点と点を線で繋げる感覚で遠隔斬撃を繰り出してきた。

 その感覚に間違いはなかったと思う。

 でも、それだと幾つもの障害が立ちはだかってしまう。


 面の中に点が隠れてしまっている。

 点の周りに囲いがしてある。

 そもそも点が面に接していない。


 飛ぶ斬撃は、それらを克服する一手にはなったが、根本的な問題の解決にはならなかった。


 そもそも飛ぶ斬撃は、あくまで通常の遠隔斬撃の応用——どれだけ精度を上げたところで不可避の一撃にはなり得ない。

 どう足掻いたって無理なものは無理だ。


 だから……発想を作り変えろ。


 点と点を線で繋げるんじゃない。

 点と点を重ねて直接ぶった斬る。


 どこにいようと、どれだけ周囲を堅牢に固めていようと関係ない。

 それが最速で最短、防御も回避も関係ない必中の一太刀となる。


 斬るべき点は対象が存在する座標そのもの。

 何かを伝播させることなく斬撃を発生させる。


 ——やっと、答えに辿り着いた。


 そして——、


(……見つけた)


 遂に察知する。

 巨人の核がある位置を、その座標を。


 刹那、俺は練り上げた魔力を全て爆発させる。

 同時に抜刀、全身全霊で打刀を振り抜く。

 一閃——刀身は空を斬り裂き、それにも関わらず刀に手応えが伝わってくる。


 斬った——!!!


 確信と共に目を開けば、頭上を影が覆い尽くしていた。


 そこでようやく巨人がすぐそこまで近づいていたことに気が付く。

 巨人は拳を振り上げ、叩きつける寸前だったが、ピタリと動きが止まっていた。


 少し遅れて静寂だった空間に音が戻った瞬間、巨人が崩壊を始める。

 五十メートル近くまで膨れ上がっていた巨体は原型を留められなくなり、あっという間に濁流の中に消えていくと、そのまま天頼が展開していた水の術式によって遠くへと押し流されていった。

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