第3話 渾身の超長距離狙撃(斬撃)

 亜麻色のワンサイドアップヘア。

 大空を彷彿とさせる青の瞳。

 放たれる地水火風の術式。


 間違いない。

 遠目からでも分かる彼女は——、


天頼あまらい四葉よつは……!!」


 俺と同じ高校生冒険者であり、”四大魔術”と呼ばれる地水火風四つの属性を操る術式を持った新進気鋭の人気配信者だ。

 二属性扱えるだけでも希少なのに、四属性操れるのは最早バグレベルだ。

 それでいて魔力量も多くて相応の実力も備えているし、明るい性格でいて人当たりも良いだけじゃなく、おまけに顔立ちも良いので、チャンネル開設から一ヶ月足らずで登録者三十万人を突破した超がつくほどの有望株でもある。


 ……って、今はそれどころじゃねえ!


「幾らアイツでもあのスライム相手はマズいだろ……!!」


 天頼の実力は全ての冒険者の中でも上位層に入るし、それどころか上澄み中の上澄みに入れるだけのポテンシャルも秘めているはず。

 だけど、ダークネスカオスジャンボスライムは、全ての属性魔術に対して高い耐性を持っているどころか、食らった攻撃の属性に適応し、吸収、成長する性質を備えた化け物だ。


 故に付けられた異名が『属性使い殺し』——天頼との相性は、はっきり言って最悪という他ない。

 せめてもの救いがあるとすれば、天頼が四つの属性を扱えることか。

 適応される前に別の属性に切り替えることで、成長させてしまう最悪の事態は避けられる。


 だとしても、攻撃は全然通らねえんだけどな。

 今はまだ何とかなっているようだが、押されるのは時間の問題だ。


 奴は無尽蔵の魔力を持ってもいたはず。

 仮に術の撃ち合いになった場合、先に根を上げることになるのは冒険者の方だ。


「勝ち目が薄いなら、無理せず逃げろよ……!」


 モンスターから逃げる事は、決して悪いことではない。

 どっちかというと魔石集めに欲を出し過ぎたり、配信の視聴数稼ぎの為に無謀な戦いを挑んで散っていく事の方が断然タチが悪い。

 死んだら元も子もないしな。


 ——けど、あいつ……そんな無茶をするような奴だったか?


 今まで天頼の配信は何度か拝見した事があるが、わざわざ相性の悪い敵に自分から挑むような感じではなかったというか、もっと賢い印象があったんだが——。


 そんなことを考えていた時だ。


「おい、ちょっと待て……あいつの後ろにいるのって……もしかして冒険者か?」


 ふと、天頼の後方で誰かがいることに気がつく。

 単眼鏡で注視してみれば、俺と同年代くらいの少女がへたり込んでいた。


 傍に配信カメラが無いってことは、ただの冒険者か。

 そんでどこか場慣れしてない感じがあるのは……大方、俺と同じで転移罠を踏んでしまった口か。


 おいおい、このダンジョン転移罠多すぎだろ……。

 そう踏むようなもんじゃなかったはずだろ、あれ。


「……そうか、天頼が逃げずに戦っているのは、背後の女の子を守る為か」


 志は立派だと思うし、素直に尊敬できる。

 でも悪いが賞賛は出来ない。


 人を助ける為に自分まで死んじまったら意味ねえんだぞ……!!


「くそっ、どうする……どうしたらいい……!?」


 加勢したいのはやまやまだが、そんなことしたらまず俺が死ぬ。

 余裕で死ねる。秒で死ねる。


 ——でも、犬死にするだけならまだマシだ。

 最悪なのは、俺が足を引っ張って逆に天頼を危険に晒すことだ。

 やる気のある無能ほど、味方にいられて困るものはない。


 けど、誰かが助けに入らなきゃ天頼と少女がやられてしまう。

 誰か腕利きの冒険者が都合よく……来るわけねえか。

 ここダンジョン下層だぞ。


 仮に天頼の配信を視聴して救援に駆けつけようにも、そう簡単に来れるような場所じゃないし、仮に気づいて現場に急行したとしてもその前に戦闘に片がつく。


「介入できるのは……俺しかいないよな」


 でも俺が助太刀に入ったところで——助太刀……!!

 そうじゃん、俺はついさっきまで何を試していた。

 今みたいな状況になった時を想定していたはずだろうが。


 ——全力で魔力を練り上げ、サバイバルナイフに流し込む。

 ゆっくりと呼吸を整え、未だにばくばく鳴る心臓を落ち着かせる。


 俺程度の実力では、助けに入ったところで何ができる訳でもない。

 己の分は弁えている。

 でも……助太刀には入れないが、太刀を飛ばすことなら出来る。


 スライム種に共通する弱点は、体内にある核だ。

 そこを破壊すれば、たちまち体を維持できなくなって崩壊する。


 加えてスライムの体を構築する液体は魔力や打撃、射撃に対する耐性は高いが、斬撃には滅法弱い。

 だから遠隔斬撃が体内に届きさえすれば、一般冒険者である俺でも核をぶった斬れる可能性はある。


 本当は他の冒険者の戦闘に割り込むのは、どっちが魔石を回収するとかで争いになるトラブルの元になりかねないから極力禁止されているが、今はそんな事言ってる場合じゃねえ。

 それにこんだけ離れていれば、向こうに気づかれることもないだろ。


 誰にも気づかれないままあのスライムぶった斬って、そのままダンジョンからも脱出してやる……!!


 決意を固め、俺は単眼鏡を覗き込む。

 遠く離れたダークネスカオスジャンボスライムの体内に浮かぶ核に狙いを定める。


 黒いドロドロとした液体の中に辛うじて見える赤黒い球体。

 あれに届きさえすれば……最悪、注意を惹きつけることさえできれば……!


 全神経を研ぎ澄ます。

 十数秒かけて慎重に調整を重ね、全身とサバイバルナイフに魔力が行き渡ったのを確認してから俺は、思い切りナイフを振り上げ、地面を薙いだ。


 渾身の斬撃が高速で地面を這い、遠く離れたダークネスカオスジャンボスライムに迫っていく。

 そして、ほんの数秒のラグを挟んだ後——奴の全身は突如として崩壊した。


 再び単眼鏡を覗き込むと、地面には真っ二つにぶった斬られた核が転がっていた。


「届い、た……のか?」


 え、マジで斬れた?

 偶然、天頼の攻撃タイミングと重なった……って線はなさそうだ。

 完全に虚を突かれた感じの顔してやがる。


「となると、やっぱり俺が……やったんだな」


 俄かに、というか普通に信じられないし実感も湧いてこない。

 それでも込み上げてくる安堵で全身の力がごっそりと抜け落ちそうになった。


 しかし、まだ気を抜くわけにはいかない。

 遠くにいる二人の窮地こそ救えたが、俺自身はまだまだ安心できるような状況にない。


「とりあえず、この場を離れる……!」


 今の遠隔斬撃で他のモンスターに居場所を気取られてはないと思うが、いつまでも一箇所に留まるわけにもいかない。

 早いところ移動して階層の入り口を目指そう。


 その後、幸いにもモンスターと接敵する事なく階層の入り口まで辿り着き、設置された転送装置で無事に外に出ることに成功するのだった。

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