第2話 斬撃の射程長過ぎな件

「……はあ〜、詰んだ。終わった。死んだわ、俺」


 森のダンジョンは全部で二十五層からなるダンジョンで、大まかに上層、中層、下層の三つに区分されている。

 俺がついさっきまでいた第三層は上層で、今いる場所は何層かは分からないが、下層であることは確かだ。


 下層はどういう訳か全体的に植物が死んでしまっているのが特徴だ。

 そもそも洞窟の中に森があるって時点で意味不明なんだが……けど今はそんな事はどうだっていい。


「やべえ……いやガチで冗談抜きにやべえよ。何でいきなり下層に飛ばされてんだよ……!!」


 ダンジョンに生息するモンスターは階層が深くなるほど強くなる傾向にある。

 下層ともなれば腕利きの冒険者でさえ命を落とす危険性があるレベルだ。


 ただの一般冒険者である俺がそんな奴らと戦えば、まず間違いなく瞬殺だ。

 自慢じゃないが、速攻で餌になる自信がある。


「まず身を隠さないと……!」


 周囲に細心の警戒を払いながら俺は、近くの木の陰に身を潜める。

 今のところ近くにモンスターの気配は無し……でも、一瞬たりとも気は抜けない。

 俺は狩られる側——少しでも索敵の手を緩めれば、あっという間にモンスターの餌食だ。


 考えろ、考えるんだ俺。

 どうやってこの場を切り抜けるかを……!!


 恐怖で心臓がうるせえくらいにバクバク鳴ってるし、全身から冷や汗ダラダラ溢れまくってるしで平常心を保つのですら精一杯だが、だとしても思考を止めるわけにはいかない。

 弱い奴が強い奴に対抗するのなら、知恵と工夫を絞り出さない事には何も始まらない。


「まず隠密行動はマジ徹底、接敵しそうになったら即逃げるのは前提として……問題は、戦うしか選択肢がない時か」


 そんなクソみたいな選択肢なんかそもそも発生すんじゃねえよっていうのが本音だが、こんな時だからこそ常に最悪を想定しておく必要がある。

 じゃないと想定外の事態が起きた時に何もできないまま死ぬことになる。


 ——尤も、もう既に最悪な状況に陥ってるんだけど。


「先制攻撃で尚且つ一撃で仕留められたら何の問題もねえんだけど……」


 あまり現実的ではないな。

 全身全霊、本気の本気の魔力を籠めた一太刀ならワンチャンいけるかもだけど、それだけの魔力を練り上げるのに何秒……いや何分かけりゃいいんだよ。

 敵の前でそんな悠長に準備してたら、その間にぶっ殺されるわ。


「——でも、敵の前じゃなかったら……?」


 例えば、敵がこっちを認識できないくらい遠くから——仮に気付いたとしても、簡単に撒けるくらいの位置から——斬撃を飛ばしたのなら、ワンチャンあったりするのだろうか?

 それ以前にそこまで斬撃が届くかって話だけど。


「……試してみるか」


 幸い、近くに敵の気配は感じられない。

 今なら遠隔斬撃の射程距離を調べても問題なさそうだ。


 俺はサバイバルナイフとベルトに下げたポーチから索敵用の単眼鏡を取り出し、二百メートルほど離れている枯れ木にあたりをつけ、そこへ目掛けて斬撃を飛ばす。

 繰り出した斬撃は地面を這い、枯れ木まで届くと、根本を伝ってから幹に傷をつけてみせた。


「うし、まず二百メートル」


 けど、これはスキルが顕現したばかりの頃に試したことがある距離だ。

 当時はここが限界だった記憶があるけど、もう何年も前の話……スキルの使い勝手にも慣れてきた今ならもうちょっと遠くまで飛ばせるかもしれない。


「それなら……思い切ってあそこ狙ってみるか」


 今度は単眼鏡越しにある一点に狙いをつける。

 そこは階層を囲む岩壁——距離にすれば数キロメートルはあるだろう。


 ぶっちゃけ届くとは微塵も思わないが、でもなんかいけそうな感じもしている。


「周りに敵はいないな……っし、やるぞ」


 斬撃が届いたか分かりやすくする為にちょっとだけ魔力を籠めて、さっきあたりをつけた地点に目掛けてサバイバルナイフを振るう。

 斬撃が高速で地面を這っていく。

 それからすぐに倍率を最大にした単眼鏡を覗き込んだ数秒後、狙った地点に斬った跡が生まれた。


「うっわ……マジかよ。届いちゃったよ……!!」


 え、つーかなんでそんな射程距離あんの?

 我がスキルながら無駄スペック過ぎんだろ……!!


 でも何にせよ、これだけ遠くにまで攻撃ができるのは朗報以外の何者でもない。

 階層の端まで届く射程の有利があるのであれば、戦わずとも一方的に狩れる可能性が生まれてきたって事なのだから。


 肉質が柔らかいモンスター相手なら、ワンチャンめっちゃ遠くからちまちま遠隔斬撃するだけで倒せんじゃねえか……?


 なんて考えが脳裏を過った瞬間——遠くで何かが爆発する音が轟いた。


「っ、何事!?」


 単眼鏡で音がした方向を確認すると、一キロメートル程先でモンスターが暴れているのが確認できた。

 全身が黒いゲル状の液体で構成された生物——スライムだ。


 スライム系統のモンスターは大体が弱く、討伐推奨ランクも低く設定されている。

 ——ただし、


「あれって……ダークネスカオスジャンボスライムじゃね?」


 奴は例外だ。


 ダークネスカオスジャンボスライム。

 スライムの中でも数少ないS級モンスターに区分されている超危険個体だ。


 もし俺が真っ向から戦えば、三十秒持たずに殺されるだろう。


(……ん、あれって)


 スライムを発見してから程なくして、俺はある事に気が付く。


「配信者……?」


 ダークネスカオスジャンボスライムと現在進行形で戦っている少女がいることに。

 そして、その顔が俺の見知った人間であることに。

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