8 剣の名の都
可能なら聖女に、と、決めてからの切り替えは早かった。
スフィネに尋ねたところ、彼女を含めた他の候補者たちの聖属性魔力はランクDからC。ふつうは勇者たちとともに戦い、練度を上げることで徐々に魔力の質も上がるらしい。
セレスティナが宿る前からなのかは不明だが、『ティナ』は、はっきり言ってシーフをしている場合ではないほどの適性の持ち主だった。
ちなみに他の五名の候補者は、それぞれに浄化、治癒、支援魔法などの得意分野があるにせよ、無意識で消毒薬を浸しただけの布に“癒し”の力を込められる者はいないという。
――つまり、魔力の純度が高いから微々たる量で賄える。
同じことを他の候補者がしようと思えばもっと時間がかかるし、消耗も激しいのだろう。
「よし。勝機はあるわね」
「ティナさんって……失礼。結構、気が強かったのね。意外だわ」
「そうですか?」
不思議そうに問うと、スフィネはフフッと笑う。
彼女はそれから、しんみりと眉を下げて告げた。
候補者の座をティナに譲ったため、自分はユガリアで居残りなのだと。てっきり一緒に王都に行くのだと思っていたティナは面食らった。
「あのひとたちが、何か仕掛けなきゃいいんだけど……。くれぐれも気をつけてね。がんばって。朗報を待ってるわ」
「はい」
握った手は、いつの間にか握り返されていた。
* * *
午後の休息と祈りの務めを終え、巫女たちは各自定められた馬車に乗り込んだ。当初は六名を一台で運べるよう手配していたらしいが、先日の襲撃事件のこともある。
王都までは、負担の少ない速度だと三日の距離。いざというときに足が遅い大型車では心配だというユガリア領主の意向から、急遽小型の四人乗り馬車が三台も準備された。
ユガリアのリューザ神殿を出た一行は、周囲をきらびやかな白銀鎧の騎士たちに守られながら都市門をくぐる。
候補としては見事なぼっち勢として三台目の馬車に乗り込んだティナは、何気なく覗いた車窓の向こうに知った顔を見つけ、思わず笑顔になった。
押し上げ式のそれを上にスライドさせ、わずかに声を張る。
「ルーク」
「! ティナ? どうした」
明らかに周りの騎士たちよりも若年層。
少年っぽささえ滲むびっくり顔で、ルークは器用に手綱を操り、馬体を馬車に寄せた。それからまじまじとティナを眺める。
「何かあったか?」
「ううん。三日前にごたごたして別れたきりだったから。ごめんね、あのときのお礼、ろくに言えてなかった」
「ああ、そーいう……。いいよ別に」
「そう?」
「うん」
まぁ、ただ運ばれるだけの自分に比べ、彼は重大な任務の真っ最中。騎士団でも地位は下の方だろうし、なにかと気が張るのだろう。
声をかけて悪いことをしたな、と、ちょっとだけ反省したティナは、ふと視線に気づいた。
「……何?」
「え、あ、うん。お前、本当に綺………………じゃなくて。その格好だと巫女っぽいよな」
「これ? いちおう洗礼も受けさせられたからね。不本意だけど、もう巫女らしいわよ?」
「そっか」
それまでの躊躇が嘘のような、あまりにも軽い相づち。
そのくせ、にこ、と柔らかく微笑まれ、ティナは何となく落ち着かなくなった。返す言葉を探すうちに後続の年配騎士から注意を受け、ルークは素直に馬車から離れてゆく。
「あ」
「悪い。じゃな」
ひらっと手を振って距離をとったあとは、また黙々と護衛に徹しているようだった。
(まあ……いいか。話せたし)
旅は順調に続き、行く先ざきの町や村で一行は歓待を受けた。
そうして、若干猫かぶりに疲れてきたころ。
「見えたぞ! あれだ」
(?)
カラカラと廻る車輪の音が軽く、滑らかになる。敷石が平らになったのか。
ティナは御者席に声をかけた。
「御者さん。ひょっとして?」
「ええ、巫女さん。もうちょっとしたらそっちからでも見えますよ。右側からご覧なさい」
気さくな御者の言う通り、右の小窓を開けると大きなカーブを描く下り道の向こうにきらびやかな都があった。
多角形の堅牢そうな街壁、いくつもの尖塔。風になびく優美な青い旗。時おり光るのは金糸だろうか。人通りも多い。道行くひとは皆、聖女候補らの一行に道を譲っていた。歓声をあげて手を振る子どももいる。
「あれが」
呟き、青い目をみひらいた。
名にしおう人間たちの古都。大昔から、なぜかどの魔王も前線にあたるこの国を切り崩せない。
人びとの聖典においては光の加護篤い約束の地なのだという。
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