第一章

1 動かぬ魔王、動く騎士

「ヴィヴィがね、ボクに言ったんだ。『いつか必ず、あなたの助けを必要とする女の子が現れる』って」

 ころんころん、と、リズミカルに宙を転がりながらカーバンクルが話し出す。任命式を終えたティナとルークは、ひとまずは王城で過ごすよう勧められ、それぞれに部屋を与えられた。


 いまは、その日の午後。

 今後の相談と称し、ルークがティナの部屋を訪れている。とはいえ、ティナ付きの侍女も控えるため、厳密にはふたりきりではない。しかも、ふたりが向かい合うテーブル上では可愛らしいカーバンクルによる昔語り劇場が催されている。


「間違いじゃないわね」


 ティナは大真面目な顔で頷き、ルークはやれやれと頬杖をついた。


「しっかし、どうすんだ。魔王を……まさか、。こう言っちゃなんだけど、何をどう戦局をひらけばいいとか、さっぱりわかんねえよ。こんなことなら座学もきっちりやっとくんだった……」

「戦局? そういえば、いまの魔王って、もうどこかに軍を進めてるの?」


 いかにもしゃあしゃあと尋ねている自覚はあるが、当代魔王ということは、自分セレスティナを蹴落とした相手。つまり、母方の“闇夜月”の一族ではなく、血気盛んな“金剛”の一族出身だった父方の従姉妹・ゾアルドリアだと想定している。


(あいつは根っからの物理攻撃型パワータイプだし。玉座を奪えば、すぐにでも先陣切って現れると思ったんだけど……。ひょっとして、まだ先代の側近連中を掌握しきれてないのかしら。なら、闇夜月の里に行きさえすれば、事情を説明して内側から奴の土台を切り崩せるわ)


 ――ただ。

 問題は、それをどうルークに提案するかだった。

 これらはすべて魔族の中枢に直結する、いわば御家事情。いち冒険者に過ぎなかった『ティナ』が、本来知るはずもない。怪しまれ、聖女の資格を剥奪されても困るし、何より「伝えるべきではない」と本能が訴えていた。


 悶々とするティナをよそに、ルークはくしゃくしゃと自身の髪をかき混ぜる。


「う〜〜、そこなんだよな。百年前に比べて格段に向こうの動きが遅い。新たな魔王の出現自体は、雑魚魔物が急に強くなったことから騎士団うちでも話題になってたんだけど……。まだ、まとまった被害は出てないんだ。だからこそ王子さんがたも手を出しあぐねてるんだろ」

「なるほど」


 ふむふむと納得した。

 魔王の顕現で雑魚魔物がそんなに強くなるとは知らなかった。『ちょっと元気になったかな?』という程度の認識しかなかったため、これはこれで役に立つ。いずれ復位の暁にはその点も考慮して……と、心のなかで丹念にメモを取っていると、ココン、と扉が鳴った。


「はい?」

「やあ、いいかな。……って、君もいたのか。勇者殿」

「居たらいけませんか」


 扉脇に控えていた侍女が恭しく迎え入れたのはアダンだった。任命式のときの仰々しい礼服から平服に着替えている。それでも王子然とした佇まいであることに変わりはないが。


 王子はティナに微笑みかけたあと、ルークに向かって片眉を上げた。ルークもまた不調法すれすれの態度で応じる。


(……人間たちは、力じゃなく身分の上下に重きを置くと思ったんだけど……違うのかしら? それとも『勇者』となれば、国王の子どもともほぼ同等の立場に???)


 ティナは、いつの間にか膝の上で寝そべったカーバンクルをこわごわと撫でつつ、どことなく不安な面持ちでふたりを眺める。「いや別に」と、先に折れたのは王子だった。

 そうして、断りを入れた上でティナの横に腰を下ろす。

 アダンが持ち込んたのは、待ちに待った最前線の情報と『今後の人間たちの方針』だった。




   *   *   *




「通常なら魔王が目覚めた以上、もう、村の一つや二つは焼かれていてもおかしくないんだ。強気な魔王なら直接王都に乗り込んで、姫をさらったりした事例もある」

「ですよね」

「ああ……はい。ありましたね、そういうこと」


 辟易とティナは同意した。

 こればっかりは魔族側でも同様の出来事として把握している。

 古龍魔王ギースのおよそ三百年後、当時は有翼の一族から魔王が出た。変わり者で、珍しいもの好き。せっかく人族の姫をさらっても魔族領の空気は合わなかったらしく、気まぐれに娶って早々に死なせた。目の色変えて攻め込んできた人族の連合軍には押しに押され、最終的には勇者に首をはねられた。まあ、魔族側からもあまり人気がない魔王と言える。


 魔族にとっては力こそ正義。

 数だろうと小賢しい連携だろうと、格下とみなす人間たちから押し負けた時点で、そのものは価値がないのだろう。



 淡々と回想するティナは、傍目にはじつに真面目に姫を悼んでいるように見える。

 やや表情を和らげたアダンは、丸めて脇に挟んできた大きな地図をテーブルに広げた。


「わかるかな。赤い印があるのが、過去、魔王軍による第一奇襲でやられた場所。数字は王国歴」

「! わかります。うん。似たものは騎士団舎にも貼ってあったけど、こっちのほうが断然わかりやすい。ええと……トレヴァ、ジアン、ラーデ。やっぱり南砦から東砦の間に集中してますね」

「あぁ。攻撃手段はバラバラで、むしろ共通点なんか一つもない。ごく稀にこっちの村に手を出さずじまいな魔王もいるから、そんなときは勇者一行に乗り込んでもらうんだ」

「へーえぇ、そう……………………。えっ?」


「は?」


 思わず聞き流しそうになったが、アダンは真剣だった。この上なく胡散臭いものを見るまなざしのルークと、素っ頓狂な声を上げるティナ。

 アダンはふたりに、さも決定事項のように地図の一点を指差す。印はない。“ヴィヘナ”とある。

 ここもまた、危険地域ではあった。ルークとティナの故郷だ。さすがのルークも顔を曇らせる。


「王子殿下。まさか?」

「……」


 ティナは一言も漏らせない。

 だって、故郷ということは。


「確率からすれば、次はこの辺りではないか、というのがうちのお抱え学者がたの意見だった。さしあたって、君たちの出身地だ。まずは牽制もかねて、ここに新しい砦を築こうと思う。

 その間、君たちには冒険者ギルドから協力者を募ってもらい、ともに魔族領で戦えそうな人員を選抜してくれ。ちなみに私も行く」


「「え??」」


 幼馴染で声が綺麗にかさなった。

 もはや、何度目かの問いかけだった。


「――私は、こう見えて聖騎士パラディンのランクBだ。一個師団程度の指揮はできるし、回復魔法も使える。連れて行って損はないだろう」




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