11 あたらしき勇者と聖女
他の候補者たちは、ティナとカーバンクルが話している間に地上へと戻ったらしい。光や声が漏れなかったのは、それこそ結界を張られていたからだとカーバンクルは教えてくれた。
静まり返る地下洞窟を、ひとりと一匹は連れだって進む。聖獣は相変わらず浮遊しながら、のんびりと語り始めた。
「いやー、ボクを見つけた人間の子は久しぶりだな。ヴィヴィ以来だ」
「ヴィヴィ?」
「ヴィヴィアン。初代聖女だよ。古龍の魔王を倒したあと、すったもんだの末に勇者の奥さんになった。知らない? この国の初代国王と王妃」
「! ああ……。知ってます。『リューザニア略史』で習いました」
「だよねえ。あのふたりは本当にじれったかったから。無事にくっついたときは、ボクですら感無量になっちゃった。懐かしいな」
「…………あぁ、はい」
え、そっち? と思いながらも適当に話を合わせる。
辿り着いた祭壇は岩を丁寧に削り出したもので、壁面と同化していた。
たくさんの魔法燭台に彩られた中央には、先ほどの魔王討伐譚が精緻なレリーフとなって浮び上がっている。昨日の説明通りなら、この真上が『勇者の試し』の場なのだろう。
すでに、剣は誰かに抜かれているのだろうか。
――勇者は、生まれているのだろうか。
(だめだめ。考えるな。なるようにしかならないわ。聖女には誰が選ばれるのか。勇者がどんな人物なのかも)
膝をつき、学びたての祈りの所作を終えて立ち上がる。カーバンクルは、それをじっと見ていた。
「戻ります。遅れちゃった」
「うん」
本心では走りたいところを、立ち居振る舞いも考慮されると踏んで早歩きを心がけた。足さばきが楽な布地なのを良いことに、可能な限りの大股で出入り口をめざす。
銀緑の毛並みがふわりと肩に降りたち、さも定位置のようにしがみついたのは分かったが、気には留めなかった。裾を踏まないよう、両手でわずかに持ち上げながら階段を昇る。
(まぶし……)
さぁっと光が目を射る。日が高くなったのだ。
地上に出ると、周囲からどよめきと歓声が湧いた。すぐそこに臨時の大祭壇が組まれている。他の五名はすでに待機しており、
国王の姿はない。今年、聖女の証の麦の穂を授けるのは第一王子アダンの役目なのだろう。壇上の彼と目が合う。
(!!)
(?)
アダンは驚いたように紫の瞳をみひらいていた。
ひょっとして、
というか、どうしてあんなところに引きこもっていたのかわからない。聖なる神の獣なのだから、さっさと主の
段をのぼる。遅れたことを詫び、礼をしてみずからも他の巫女に倣おうとした。すると。
「よくぞ。……記録でしか知らなかったが、こうして目の当たりにするのは初めてだ。
「はい?」
王子の前を横切ろうとしたとき、ふと話しかけられた。立ち止まって顔を向けると、おもむろに手にした麦の穂をこめかみの辺りに挿し入れられる。
ティナは、ぽかん、とした。
「聖女ティナ。光の神リューザと豊穣の女神ライナの加護を受けし貴女に乞う。どうぞ、当代の勇者を助けて――……ん?」
「殿下、申し訳ありません! 急ぎお報せを!」
「どうした」
今まさに王子のほうが片膝をつこうとしていた。その瞬間、剣の方向で信じられない大歓声があがった。人びとの興奮が伝わるようだった。
動きを止めた王子のもとに、やがて神剣の
「ぬ、抜けました……!! 抜いたのはユガリア騎士団の青年です!! ただいまこちらに」
「なんと。わかった。ただちに双方への任命式としよう」
「ははっ」
「え? ……『抜いた』? 現れたのですか? 勇者が」
「そうらしいね。天を味方にしたとしか思えない。史上初だよ、こんなことは」
すっかり抑揚を忘れたティナの問いに、アダンが感慨深そうに頷く。
そうして、神殿側で保管していた立派な鞘に納められた幅広の神剣を携えて祭壇に現れたのは。
「……ルーク……?」
「ティナ」
何とも複雑そうな
『ティナ』にとっては幼馴染。初見であっても焦げ茶の髪と緑色の瞳に親しみがもてる若い騎士・ルークだった。
何だ、既知か、と言いたげなアダンにより、その場で揃いのマントが掛けられる。
儀礼用ではあるだろう。銀糸をふんだんに用いたそれは陽の光を弾き、遠目にも輝かしく呆然と立つふたりを際立たせた。
――拍手、口笛、民の熱狂極まれり。
なお、視界の端には口惜しそうな巫女たちの姿が映ったが、王子は彼女たちへも労いの言葉を忘れない。
聖女候補だった彼女らを壇上に控えさせたまま、儀式はとうとう決定的な場面を迎えた。
「神剣に認められし勇者ルーク。聖獣に認められし聖女ティナ。人類の未来を貴方がたに託す。一日もはやく、魔族の脅威を打ち払わんことを」
「はっ」
「…………謹んで、勇者様のために。民のために力を尽くすことを誓います」
定められた誓句を口にしながら、未だに実感が湧かない。
ともあれ、ティナにとってはおそろしく予想外の形で、つつがなく魔王凱旋への一歩が整った瞬間だった。
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