2 求ム、魔法使い!
「もう、アダン王子が聖女でよかったんじゃないかしら」
「……おっそろしいこと言うなよ、ティナ」
ぽつりとこぼした言葉は瞬く間に人いきれに呑まれる。
連れ合いの青年はそれを聞き逃すことなく、ジト目で突っ込んだ。
* * *
聖女選定祭の名残がそこかしこに残る王都はごった返している。毎年儀礼的に選ばれる『平和の聖女』とは異なり、今年は魔王を倒すための『
おまけに同時に勇者も現れたものだから、ふたりが街を歩くのはなかなか大変な状態にあった。
あちこちに任命式での姿絵が配られたようで、とくに目立つ髪色のティナは
いっぽう、ルークは人好きのする風貌とはいえ、髪も瞳もさほど珍しい色ではない。よって“ユガリアの若き騎士”という触れ込みから逃れるため、王城侍従のお仕着せを拝借した。
おかげで、こうして雑踏を歩いても誰も気づかない。ちなみに神剣は置いて来た。ありふれた護身用の片手剣がルークの剣帯に差してある。
「ほら、はぐれんなよ」
「! うん」
……もう、これはこういうものなのだろう……と、悟りの境地。人混みに流されかけたティナは、差し出されたルークの左手を慌てて握った。
乱暴ではないギリギリの強さでぐいっと引っ張られ、安定のリード状態。
元・魔王として何かと情けない気持ちは込み上げるが、結果論で良しとした。はぐれるよりは余程いい。
――現在向かうのは冒険者ギルドのリューザニア本部。
長く魔王との戦いで前線をつとめるこの国には、それなりに猛者が集まりやすい。界隈にはそれとわかる若者たちが多く見られた。
戦士、魔法使い、弓使い。盾職……、ティナの前職だったシーフも。反面、治癒を本職とする神官系は見当たらなかった。
そもそも『治癒師』を名乗る者はふつう、街中で診療所や薬屋をひらく。冒険者たちはそれぞれ応急手当程度のスキルを身に着け、段階に応じた癒しの薬を購入して魔物討伐や探索にあたった。
勇者パーティが抜きん出て戦闘に有利なのは、癒し・補助・支援魔法のプロフェッショナルである聖女(※イメージ)が初期メンバーにいる点だろう。おまけに今回は
聞くだけで鉄板だが、その王子が「募って来い」と言うなら、それは旅をする上で必要なことなのだろう。
ティナは、ひょこん、と首を傾げた。
「ねえ。ルークはどんなひとを仲間にしたい?」
「うーん。やっぱ魔法使いじゃないか? 殲滅戦には持って来いな」
「魔法……。そっか、そうよね」
こっそりとため息をつく。
以前、セレスティナだったとき『魔力』とは自身の内側から溢れるもの。指先まで満ちて他愛なく操れるものだった。
馴染みの感覚が、いまはない。そのことに一抹の寂しさを覚えつつ、代わりに聖属性魔法を身に付けなければならない困難さに眉をひそめる。
王子は言った。
このまま魔族からの襲撃がなくとも魔王の首は取りにゆく、と。
人間側の道理としては、たとえ雑魚でも魔物が活気づくのは歓迎できない。また、王国の立ち位置からして「百年ごとに魔王を倒す」のは半ば慣例化している。行わなければ周辺国との力関係に影響するのだとか。
つまり。
(ある程度の、当代魔王
ティナの
それに、不必要な殲滅戦じたいも気が進まなかった。
倒すのは魔王だけでいい。ついでに、協力者や裏切り者も全部。
「……ティナ? 大丈夫か? なんか、すっげえ黒い
「!! だ、大丈夫よ。平気平気」
「そうか? ならいいけど。昔、村にいたときのお前も家出する直前は、よくそんな顔してたから。心配ごととか、ちゃんと言えよ? 頼むから溜め込むなよ……?」
さらりと焦げ茶の前髪が揺れて、目の前で緑の瞳をすがめられた。覗き込まれている。
――――さすが勇者。鋭い。
(どうしよう。なんだか、いつかバレちゃいそうだわ。私が言わなくても)
この体の影響なのか、ルークのことはあまり傷付けたくはなかった。けど、いつかは絶対に伝えなければならない。
自分は、セレスティナという魔族だということ。
本当のティナは……――
真正の困り顔で視線を外し、「わかった」と呟くと、ようやく尋問(※イメージ)から解放された。
人の往来がとくに多い通りを抜け、赤茶けたレンガ造りの大きな建物へと入る。そこが冒険者ギルドの本部だった。
受付嬢に事情と仲間を募る旨を告げ、案内された最上階の別室で高ランク魔法使いの登録名簿を見せてもらう。
が、正直、ぱっとしなかった。ルークも渋い顔をしている。名簿を特別に見せてくれたギルドマスター自身、あまり期待に応えられなかった自覚はあるのだろう。ひょいっと肩をすくめて冊子を閉じる。
「すまないな、勇者さん。聖女さん。どうも魔法使いに関しちゃ、昨今は不作でね」
「不作」
「めぼしい若手が迂闊に死んじまったり、ここ数年、行方不明者もひどかったんだ。で、あとは遠方のでかいクエストで出払ってる中堅とか引退間際のじいさんとか。……う〜〜ん。潜りならいいやつがいるんだが。曲者で」
「「潜り?」」
「そ。あっち、見えるか?」
張出し窓の明るい場所で名簿を広げていた。そのままマスターの指差す方向を見ると、雑多な商店街が一角をなしている。
「あの、ひときわ青い屋根な。魔法杖職人の工房兼店舗なんだ。そこで聞いてみるといい」
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