3 黒髪の工房主
青い屋根の工房は、名を『リベル・ラ=ギゼフ魔法杖工房』といった。
ギルドマスター
辿り着いた店は白い漆喰に青い屋根瓦がすっきりとした印象で、小ぢんまりとした外観だった。入口の上には銅製の飾り看板がぶら下がっている。
ルークは躊躇なく扉をひらいた。
「おじゃましまーす」
「……まーす」
最近気づいたのだが、初めての場所でもいっこうに物怖じしたりしないのは、
ティナ自身は店舗に近づくにつれて純粋な魔族の放つ魔力とは異なる波動をつよく感じ、心持ちおずおずとルークに続いた。カララン、とドアベルが鳴ってすぐに店員が現れる。
青年だった。ほかには誰も居ない。
(――!)
ティナは固まった。偽装のための杖を両手で握り、思わず立ちすくむ。
第一印象は「このひとおかしい」。
続く印象は、「駄目だ、まちがいなく変人」だった。
* * *
「おいあんた。店、間違えてるだろ」
「え……?」
「兄ちゃん、あんたじゃない、そっちの嬢ちゃんだ。なんで
「えええっ」
入店早々追い出されそうになり、ふたりとも慌てた。大いに戸惑う。
――ぼさぼさの黒い髪。長さは肩まで。それが目元を覆っているので瞳の色はわからない。口元は無精髭で野性味溢れている。
作業中だったのかシャツや前掛けは汚れ、全体的によれっとした風貌だった。背はアダンより少し低いくらい。ただし猫背だ。
ティナは驚いた。
この男、…………魔力が視えてる!? と。
ただし、自分のこれは対魔物特化。男のそれは、ユガリアの神殿で触れた『鑑定球』に近いようだった。
男はルークに視線を移した途端、「……魔法騎士。杖は要らねえな。はい、さようなら」と一蹴。
そうして再びティナを見つめ、おもむろに首をひねった。
「あんた……、二層構造か? 変わってる」
「二層?? ひょっとして、俺たちが変装してるってわかるのか」
「変装…………? いいや、そんなんじゃなくて」
「!!」
「ちょ、おい!」
止める隙もなかった。カウンタードアを開けて一気に距離を詰められ、あっという間に壁際へ。
割って入ろうとしたルークは男の肩に手をかけたが、全く頓着されなかった。
間近に眺められたティナは眉間を険しくし、上目遣いで相手を睨む。
……肌がちりちりとした。表層ではない部分を、じっくり検分されている。あまりいい気分ではないし、隠れている
男は、どんな神経をしているのか甚だ不明だが、杖の素材や部品を扱うようにティナの顎を持ち上げた。
たちまちルークが本領を発揮し、その手を
「てめえっ! 聞けよ人の話!」
「おっと」
「!!!!」
ティナは素早くルークに腕を取られ、彼の後ろへと引っ張られた。
たたらを踏んだあと、そうっと脇から男を覗き見る。――男は、長い前髪をかきあげていた。やたらと整った顔だった。鋭いブルー・グレーの瞳と目が合う。
「噂と髪色が違うが、あんた『戦聖女』だな? なるほど、変装ってそういう…………じゃあ、こっちのナイトが勇者殿か。どうも。初めまして」
「……」
「……どうも?」
ようやく会話になりそうな流れに、不審げに眉をひそめつつもルークが応じる。
そこで、ついさっき冒険者ギルドからここを教えられた旨を告げ、交渉に移った。
「ギルドマスターからは、この店なら腕のいい魔法使いを紹介してもらえるって話だった。そういう上客がいるってことか?」
「ふーん。ギルマスめ。余計なことを」
「こっちとしては、戦力としてどうしても必要なんだ。で、どうなんだ? そいつ。居場所さえ教えてくれれば俺たちが頼みに行くけど」
「いや、いい」
「へ?」
「頼む必要はないって言ったんだよ、勇者の兄ちゃん」
「それは、どういう……あっ、こら!」
男はルークを押しのけ、後ろ側のティナを見た。「やっぱりな」と、一言。とにかく興味津々である。
「例えるなら、炎属性魔石の内側に氷属性の核がある。そのくせ打ち出せるのは炎魔法だけ。
「…………っ!?!? な、何のこと……」
「オレにとっちゃ、見たままなんだが。いいぜ。行ってやるよ」
「は?」
口を開けて眺めるルークに、男はにやりと笑った。
「『腕のいい魔法使い』ってのは、オレだ。杖造りのほうが性に合ってるから登録解除した。何年前だったかな……」
「まじか。って、あんた――」
「ギゼフ」
「ん?」
「工房名にもなってたろう? リベル・ラ=ギゼフ。オレの名は、ノーラ・ギゼフっていう。よろしくな。なりたて勇者と聖女のおふたりさん」
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