4 秘されたティナ

(二層構造。核が二個……?)


 工房を出たあと、ティナは悶々と考えた。

 ノーラ・ギゼフは職人だからか例えが一種独特だが、“視えている”ことについては間違いない。


 すなわち、『ティナ』のなかの『セレスティナ』を。




   *   *   *




 帰城後、アダンに魔法使いを一人確保した旨を伝え、それぞれに適切な装備や砦建設の下準備に数日を費やした。

 季節は秋とはいえ、早く旅に出ないとパーティの連携や個々のレベルアップなど、戦いの練度を上げる前に魔族領へと続く荒れ地が雪に閉ざされてしまう。

 どうしたものか……と、ぼんやり考えてしまうのは、「早く出発したい」という焦りと、「正体がバレたのでは?」という危機感のせいだった。

 とくに、ギゼフに。



 彼は現在受注している品を仕上げ、いったん店を閉めてから城に来ると言っていた。約束の日まではあと少し。

 去り際はじつにあっさりしたもので、あれ以上言及されることはなかったけれど……。


 そうして、もう、何度めかのため息をついたころ。

 中庭を見下ろせる窓辺に寄りかかって所在なさげにしていると、後ろから苦笑の気配がした。馴染みとなりつつある若い侍女だった。

 侍女は、思わしげに首を傾げた。


「お疲れ様でございます。聖女様も憂えていらっしゃるのですね」

「『も』? こんな顔をしてるひと、他にいる?」

「ええ。勇者様ですわ。小姓の話では毎日そわそわしていらっしゃると。時間があれば鍛錬場で騎士たちと打ち合っておられるようですし」

「ああ、どうりで。最近こっちに来ないと思ったら、そういうことだったのね。…………あら。じゃあ、私も聖魔法のひとつやふたつ、修得に励めば良かったかしら」

「ご冗談を」


 ころころ、と、生まれも育ちも良さそうな侍女が淑やかに笑う。


「聖女様はすでに、カーバンクル様の鉄壁の守護を得ていらっしゃいます。なにしろ、現在私たちが用いる結界魔法はすべて、あのかたの奇跡を雛形としているそうですから」

「! そうなの」


 ――驚き、振り向いた。


 カーバンクルはあれからふらふらと遊びに行くことが増えた。いまも居ない。本人(※獣)に尋ねたところ、アダンの元で過ごすことが多いらしい。

 彼にとってのアダンは初代聖女・ヴィヴィアンの血を引く王子で、聖魔法も使える特別な存在だからだろうと思ってはいたが……。


(やばいかも。これって、いざというとき、全然使い物にならなかった聖女として記録されちゃいそうだわ。まぁ、中身は元魔王というか、即位できなかった魔王なんだけど)


 やきもきと口元に指を当て、いっそう難しい顔になるティナに、侍女は微笑ましいものを見る瞳になった。


「それはそうと、聖女様ご自身が尊いかたであらせられることに変わりは…………、あら?」

「ん?」


 侍女とティナは動きを止めた。

 目をみひらくのは同時だった。

 ふたりとも窓辺に寄り、怪訝そうに眼下を見下ろす。

 気のせいでなければ門の方向が騒がしい。予定を繰り上げたギゼフが到着したのかとも思ったが、兵士たちの様子がおかしい。妙にものものしい。


「……何かあったのかしら」

「そうですね。お待ちください。階下で訊いて参りますので」

「頼むわ」


 つい、と退き、ロングスカートの裾をつまんで一礼する侍女に短く言い添える。

 足音が遠ざかるのを、ティナは中庭を凝視しながら聞いた。


「まさか、魔王軍が攻めてきた……? このタイミングで???」


 一瞬だけ、尖ったダイヤモンドのような一本角を額から生やした、筋肉質なゾアルドリアの勝ち誇った笑みが浮かんだ。


 けれど、予想は半分が当たり。

 半分は大外れ――掠りもしない大圏外だった。




   *   *   *




「えぇっ!? 王都の門に、傷ついた魔族の少年が現れたですって……!!? ど、どんな」


 相当急いで駆けてくれたらしく、息をきらせた侍女に食いつくように尋ねる。

 侍女は胸を押さえながら、はぁはぁと荒い息を整えた。


「――真っ黒な角が二本、額に。髪は青黒くて、背には空の矢筒が。変わった形の剣を腰帯に差していますが、ぼろぼろだそうですわ。肌は真珠のような白さで、みずからを『闇夜月の民』と。ち、血が……紫色で。肩が」

「!!!! いま、どこに」

「それが……、まだ門前です。都に入れても良いものか、平野で演習中の兵士長に確認に行っていると。そして、たいへん間の悪いことに、アダン王子は勇者様と模擬戦闘のために近くの森へ出払っているのです。聖獣様も」

「行くわ」

「!? 聖女様? なぜ」

「…………………」


 ティナは、盛大に舌打ちしたくなるのを必死に堪えた。『ばかなの?』という問いも飲み込んだ。

 返事は不要とばかりに上着を羽織って扉をめざす。通路に出ると、侍女は蒼白な顔で付いてきた。


「おっ、おやめください。もしも貴女様に何かあれば」

「大丈夫よ」


 華奢で小柄。ふわふわとしたあかがね色の髮。真っ青な瞳は大きく澄んで、性質は寡黙なほう。

 ともすれば儚い美少女に映るティナは、ふとした折に硬質な空気をまとうことがある。

 侍女は、ハッとした。

 


 ティナは後ろを振り返らずに言い切った。


「そんなに心配なら、森とやらに早馬を。私の判断で、その魔族の少年を保護すべきかどうかを決めます。責任は私が負うわ」




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