5 激震の予兆
「伝令! 早馬だ、通せ!! 聖女様より西の森へ。アダン王子と勇者様の元へ!」
ガラガラガラ……ッ。
交戦中を想定しての、城の西に広がる平野と森を使った演習のさなかだった。下ろされていた頑丈な鉄柵状の門を開けるため、滑車が回る。重い鎖の音を響かせながら中程までひらくと、うろうろする新米兵士らを退かせるため、
『伝令』『王子』『勇者』――そのどれもに詰めていた兵はぴしりと背を正したが、いちばん驚かせたのが『聖女』という言葉だった。
ざわつく部下の私語を咎め、持ち場に戻るよう指示を飛ばす隊長を横目に、穂槍を抱えた門衛二名はどちらからともなく視線を交わした。
「聞いたか? 聖女様って」
「ああ。なんでも、聖獣に選ばれてからは身を清めて城の一室で祈ってくださってるという……。選定祭でちらっと見たきりだが。ティナ様だな」
「そうそうそう。あんな
「さあ」
「そういや、
「ん? …………ああ、確かに。ふだんは登城しなさそうな街人勢も来てるな。正門待機組は今日のために人数減らしてたし、ちょっと応援に行ったほう、が……――!?」
「? 何……、あっ!!」
話し相手の右側の門衛が固まったため、左の門衛も後ろを振り返った。そこには見慣れぬ馬影があった。
「お、おい。あれ、あかがね色の…………って、ティナ様じゃないか? お一人でどこへ」
「聖女様、すげえ。馬、乗れたんだな」
「!!? っ、そこかよ」
こそこそと門衛たちが囁き合う。
彼らが立つ西門から平野部へと至る橋からは、水をたっぷり湛えた堀の向こうに正門の橋が見える。
街区にまっすぐ繋がる白茶けた石橋を、なびく髪を露わにしたティナが彗星のような勢いで駆けていった。巧みな手綱さばき。みごとな人馬一体だった。
いったい何が、と呟く西門の兵たちの耳に届くのは、馬を駆る聖女の行く先々で上がる民のどよめき。他の馬車馬を竿立たせたらしい
「……街に? なぜ」
呆然とそれらを見守る兵たちに正確な情報が伝わるには、もう少し時が必要だった。
* * *
「何? 街の門に魔族だと? ひとりか」
「はっ」
馬から降りた兵士は、きびきびとメッセージを伝え終えた。
王子と勇者が同時に詰め寄る。両者、真剣だった。王子はカチリと剣を鞘に収め、ひらりと自身の馬に乗る。
「ご苦労だった。総員、演習は中止。即刻引き上げよ」
「は」
「――で? 王子。あんたはどうする」
「私はこのまま街の正門へ。来るか? ルーク殿」
「当たり前だ!」
主人の意志に応じてか、ルークの腰の神剣が唸るように震える。
アダンもルークも一瞬、それにぎょっとした。
「……驚いた。伝説通りだな。その剣は、力ある魔族を前にしてもひとりでに鞘から抜けるらしい」
「嘘だろ」
「嘘じゃない。現に、六代前の勇者はそれで早死した。レベルの見合わない高位魔族と旅の序盤で遭遇したんだ。運悪くそのまま」
「不吉な話、出してんじゃねえぞ……!」
「失礼、実話だ」
「ちっ」
もう、何度も手合わせや模擬戦闘を繰り返したのでルークは口の悪さをあまり隠さない。
アダンもまた、ルークにはやや意地が悪くなる傾向があった。
(ユガリアで最年少騎士となっただけはある。戦闘能力の地力は申し分ない。あとは、場数を踏んで順当に強くなれば)
…………早死にすることはなかろう、というのが忌憚のないアダンの見立てだった。
聖騎士の証である魔法鋼の鎧に青白いミスリルソード。臙脂色のマントの出で立ちの自分と異なり、持ち前の俊敏さを生かしたいルークは胸当てに小手、ロングブーツという軽装。
ルークは、戦う相手としてはそこそこ手強かった。
幅広の神剣を体の一部のように操る上、不意打ちの雷魔法がえげつない。練度は低いがセンスはある。
認めたくはないが、勇者の卵はこんなわずかな訓練で、もう孵化しつつあるようだった。
「――聖獣殿。いますか?」
「いるよ、ここに」
頭上から愛らしい声がして、ルビー色の光が瞬く。ティナによって見出された聖獣、カーバンクルだ。
聖獣の特性なのか、彼はよく姿を消した。それでも気配はするので問いかければ大当たり。アダンは苦笑する。
「すみませんが、我々より先に戻って街全体を結界で守ってくれませんか。相手の意図がわからないうちは」
「いーよー」
緩い返事とともに、またしても小さな体が赤光をまとう。気配はたちまち遠のき、代わりに即座に王都全体を覆う光の膜が出現した。
「すごいな」
「よし。行こう」
王子と勇者、供の騎士が二名。計四名は西の森を出て最短距離の西門には向かわず、正門に向けて城壁沿いにぐるりと南下した。
が。
「さて。手負いの魔族がひとりで…………ッッ!?」
「!!! ティナ! 嘘だろ、なんで??」
門の外は人垣すらない。遠巻きに見守るしかないような状況で、
対峙する一対。
少女は姿勢良く立ち、何もしていない――ように見えた。
魔族らしき存在は、なんと、そんなティナに近寄り、忠誠を誓うかのように跪いていた。
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