第四章

1 何が起こるかはわからない

 北はリューザニア王国。南は魔族たちの住まう過酷な大地。地図上で確認しうる限り、大陸最大最長を誇る白竜山脈は、それらの西部一帯を自然に分かつ国境地帯となっている。

 半竜人ハーフドラゴニュートの里は山脈東端の麓に位置し、ここを発てば、あとは南東の魔王城をめざすだけ。

 とはいえ、道のりが直線的かつ平坦であるはずもなく――



「この辺りは高ランク冒険者たちにも難路とされている。沼地の毒魚は見境なく飛びついて来るし、岸辺の泥には長虫ワームが潜んでるしな」

「詳しいんですね……」

「ユガリアの図書館司書。覚えてるか? あいつの仕事だ」

「ああ! アイラさんの」 


 先頭を聖騎士アダン。左翼を魔法使いのギゼフ。右翼を勇者のルーク。殿しんがりを従者のウィレトがつとめる。中央で守られるようにティナとゾアルドリアが同じ竜に乗っていた。

 竜――“地駆け”と呼ばれる、特別足の早い半竜人たちが竜型をとった姿の、首の付け根に。


 竜と化した半竜人たちは、馬よりも一回り大きい。

 深緑の鱗はびっきりと体を覆い、頭部には角がない。翼もなく、それでも大人の頭部を鷲掴みできそうな鉤爪の生えた四肢を使い、すいすいと長い草をかき分けて沼のほとりを進んだ。

 隊列を組んだ竜たちに、小物の魔物程度なら尻尾を巻いて逃げてゆく。


 成り行きとはいえ、半竜人の宝でもあったキュアラの孵化を助けられて良かった……と、心底感じた。ティナは、『セレスティナ』としての記憶と『ティナ』の記憶を探りながら言葉を紡いだ。


「“闇夜月”の民の里があった森は、もっと東なので。西部は来たことがありませんでした。もっとも、この体は別のルートを使ったようですが」

「ほう、あたしの元へ来た際だな。どこから?」


 ティナの背を支える形で手綱をとるゾアルドリアが、興味深げに問う。

 右翼からも“気になってしょうがない”というオーラをびしばし感じながら、ティナは苦笑した。


「型破りよね。リューザ神の加護をもって、飛翔魔法を使ったのよ。つまり、空から」

「リューザ神の加護…………飛翔魔法っ!? ちょ、待て。それ、高ランクどころか伝説級じゃないか! ギルドで確認したときは、薬師スキル持ちの低ランクシーフだったろ。正規の巫女でもなかったのに」

「ええ。無登録だった。巫女ではなかったのに」


 ぎょっとして口を挟むルークから視線を外し、胸に手を当てる。彼女ティナの破格さをこんこんと説明した。


「『ティナ』は、子どものころ、村の外でいちど、リューザ神と出会ってるの。寝ている間、夢で追体験したわ。相当の加護よ。『セレスティナわたし』さえ入っていなければ、鑑定球による魔法測定でも、もっと高い値を弾き出せたはず。彼女、頑なになりたくなかったようね。実家は神殿でしょう? そんなに折り合いが悪いの?」

「折り合いっつうか」


 ばりばりと頭を搔きながら、ルークが呟く。


「親父さんもおばさんも、ちょーっとばかり、熱心が過ぎるみたいでさ。ティナにはとことん厳しかったよ。村の神殿は学校も兼ねてたんだけど、神学を習うときしか俺たちと一緒にいられなかった。それ以外は、ずっと家に篭められて、作法の勉強とかで。

 いちど、こっそり抜け出して来たときなんか、即・連れ戻されてたな。派手に手ぇ上げられてた。泣いてたよ、ティナ」


「――斬って参りしょうか、ティナ様。その神官夫妻」

「だめよ、ウィレト。たぶん、彼女はそこまで望んでいないから」

「承知しました」


 前身のセレスティナだけではなく、現在の主にも忠誠心を抱くらしいウィレトの低い声に、ティナはどこまでも真面目に応ずる。


 そういえば、とゾアルドリアは首を傾げた。


「今は? リューザ神とやらは、何をしておるんだ。わざわざセレスを滅ぼさないためにお前を遣わしたくらいだ。今後、干渉はありそうなものだが。目的はハルジザードの完全なる抹消か?」

「おそらく」


 さすが脳筋。

 出発前夜にある程度を打ち明けた甲斐もあるが、考え方がシンプルで助かる。セレスティナとしても、これ以上のややこしい事態は御免被りたかった。


 ――そう。

 いざとなれば、荒野で不死魔物アンデッドたちを一斉に浄化したときのように『ティナ』は目覚める。

 自分を意識の表面に押し上げているのは、そうしなければ彼女の聖なる魔力によって自分セレスティナを留めておけなくなるから。


(私は)



 ぐっ、と、眉根を寄せる。

 仮にとはいえ、いちどは魔王位に就いた者。

 完全に滅するためには、ルークのたずさえる神剣で魂もろとも貫かれる必要がある。

 ハルジザードが現在、どの器に宿っているにせよ、最悪条件では自分も戻るべき身体を失うことは覚悟していた。


「……ティナ? 大丈夫か。顔色が」

「平気よ」



 右側の勇者から声をかけられ、毅然とこうべを上げる。


(私の願いは、魔王位を取り戻すこと。同族の仇をとること。ハルジザードを、滅ぼすことよ。皮肉だわ。“神”と目的が一緒だなんて)





 魔族領での旅程は、その後も順調に進んだ。竜型の半竜人らに騎乗した状態でも襲ってくる魔物はつつがなく撃退できる猛者揃いだったし、(※ティナと、なぜかティナにしがみついて離れず、付いて来てしまったキュアラを除く)夜間の野宿はカーバンクルが頑張ってくれた。(※おかげで、彼は聖属性魔力を回復するために昼夜逆転生活となり、ぶうぶう文句を垂れている)


 やがて難関のマンドラゴラの荒野や火を吹く山の裾野を通り抜け、鬱蒼と繁る紫の葉がドーム状にかさなる“瘴気の森”が、遠目に見えてきた。


 アダンの判断により、その地で体勢を整えるための野営地が張られる。安全のため、地駆けの竜たちとはそこでお別れだった。



「ゴ武運ヲ」

「ありがとう。長老殿に礼を。頑固なキュアラは、事をなしたあと、必ず里まで送るから」

「――きゅあら様ノ意志ニ、オ任セシマス。デハ」

「ええ」



 全員で、竜型のままの彼らを見送った。




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