5 眠り姫のティナ

 人と半神竜、それぞれの血を引く半竜人ハーフドラゴニュートは、外見こそ魔族領の奥地に住まう竜人ドラゴニュートと似ているものの、起源そのものは別だという。

 太古、地竜エンディーロと空の竜の娘ヴァンノフの間に生まれた卵で、ぶじに孵ったほうの子孫なのだとか。


 人型をとることのできた彼らは、近隣の人間たちと婚姻を繰り返していまの形となった。つまり――


「え? じゃあ、あんたたちは、厳密には」

「そう。魔族というわけではありません」


 博識な王子や魔法使い、事情通な魔族の少年と異なり、その辺りの知識に疎い自覚はある。庶民派のルークは意外そうに目をみはった。どおりで、と、里を見渡す。

 ものものしかった外観は、塀より内側はがらりと印象を変えた。

 素朴な丸石を敷き詰めた道はリューザニアの片田舎を思わせる。両脇には点々と家屋が建ち、平屋の石造りが多い。驚くべきことに牛や山羊、鶏といった家畜も飼っており、どう見ても魔族の集落には見えない。


 それで、うっかり「人間の村みたいだ」と発言した結果、親切なアルガの説明が始まったのだった。

 女戦士然としたアルガは、ひょい、と肩をすくめる。


「我々は、いわゆる亜人種です。“魔”の血が混ざったことは一度もありません」


 褐色肌にきりっとした黒目。黒褐色の髪を肩下まで垂らしたアルガは、たしかに四肢の先端を覆う鱗以外は人間の女性らしく映る。よく見れば瞳孔の形もヒトと同じだ。

 ルークは、不思議そうに首をひねった。


「じゃあ、なんで魔王にくみしてる? ヒトの血を引いてるなら、リューザニアに付くほうが」

「どうかな。開祖に近い時代はそういうこともあったそうですが。元々、我らに完全な人型をとることができた半神竜ヴァンノフの血は薄い。容姿が竜人に似ているのは否めませんし、わずかに交流のあった人間の村々も消えてしまった。……となれば、森向こうの魔族側に付かざるを得ない。近過ぎるんですよ。滅ぼされるわけにいきませんからね」

「ああ…………うん。そうか、そうだな」


(でも)


 ルークは、ちらりと前方を盗み見た。

 馬から降りたアダンと並んで館までの道を歩く、赤褐色の髪を腰まで伸ばした筋肉美女がいる。

 でかい。

 ギゼフよりも大柄で、割れた腹筋に太ましい上腕筋。俊敏そうな身のこなしに丸腰ということは、紛れもなくスピード&パワータイプ。武器を必要としない拳闘士だろう。

 こうしているだけでも並々ではない強さが伝わる。彼女と一線交えるとなれば、さぞかし苦労しそうだ。


 が、幸い、歓迎すると言われた。

 アルガの言い分でも、卵を孵してくれた礼を、と言われた。

 いまは眠るティナ――『セレスティナ』も。

「魔王城に辿り着くには半竜人かれらの助けが必須だ」と。



 ……ティナ。

 セレスティナ。


 この旅の鍵を握るのは、姿の見えない魔王とだ。

 自分だって、彼女が聖女候補にならなければ、勇者の試しなど受けなかった。護送で王都に来ることもなかったろう。

 だからだろうか。

 何か、張り巡らされた意図のようなものを感じる。

 緻密に。用意周到に。

 そもそも、なぜティナは『セレスティナ』を引き受ける羽目になったのか。成人前に家出したあとはどうしていたのか。幼い頃からの家出癖は?


 運命と語るには軽々しすぎるかもしれない、“何か”が働いているのかもしれない。

 ひょっとすると、ヒトも魔族も魔物も、何もかもを超越するような――



(……にしても、起きっかな。こいつ。滅茶苦茶寝てんだけど)


 だんだん心配になってきて、あかがね色の髪に包まれた卵型の顔を覗き見る。

 全員が徒歩のなか、彼女だけはギゼフが横抱きに運んでいた。すやすやとよく眠っている。

 カーバンクルと仔竜は相変わらず彼女にべったりなので、間接的にギゼフの荷は多い。整った口元から察するに、さほど重くもなさそうだが。


 ふと、長く伸びた前髪越しに視線を感じた。

 魔法使いは、やや呆れているようだった。


「何だ。運びたいのか? こいつのこと」

「そうだよ」

「なんで」

「……なんでって」

「惚れてるから?」

「!! わ、わかってんなら替われよ。おっさん」


 思わず赤面して答えると、むぅっと瞳を険しくしたウィレトと目が合う。ウィレトはギゼフを挟んだ反対側を歩いていた。


「勇者。貴様が触れるのは許さん」

「あぁん? 何で、お前の許可がいるんだよ」

「ティナ様は、僕のあるじだからだ」

「!!! あ〜〜っ、もう! 何なんだよその謎の独占欲ッ!? うざってえ。『ティナ』は『ティナ』だっつってんだろうが!!」

「煩いのは貴様だ! 黙れ! お起こしするのが忍びない!」


「はああぁ。やめとけ、みっともねえ。だーかーら、オレが持ってんだよ。わかったか?」


「うぐっ」

「む。承知しています」




   *   *   *




 不服そうに黙り込む少年たちに、アルガはきょとんとした。肩越しに振り返ったゾアルドリアも怪訝そうにしている。


「……あるじ? おかしいな。ウィレトあいつがそう呼ぶのは、ただひとりと思っていたが」


 頭ふたつは抜きん出た位置にある女性の顔に、アダンはしみじみと頷いた。


「じきにわかりますよ。理由が。『彼女』が、起きさえすればね」


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