4 死んでない! (心の声)
『感じる心も体も私自身』。
そう、彼女は言った。
* * *
「……そうですか。そんなことが」
呼び戻した馬で再び荒野を南下している。予想外の出来事に遭遇したものの目的地は変わらない。どころか、非常に話のわかる案内人を得ることができた。
健脚にも隣を並走するアルガの神妙な相づちに頷き、アダンは、しみじみと前方を見遣った。
死霊軍団を浄化したせいか、空気が変わった。砂茶けた景観は変わらないが、風に淀みはない。重く垂れた雲を追い散らすように陽が差している。今後はティナの魔法をベースに、いずれ草木が芽吹くかもしれない……。
それはさておき、先頭をゆくアダンは、あれから新たに加わった
すなわち、半竜人たちの認識する『新魔王』が玉座を追われ、魂を聖女のなかに飛ばされているということ。
現在魔王位にあるのはハルジザードではないか……? と、いうところまで。
アルガは半信半疑だったが、ウィレトがセレスティナの
いわんや、魔族のなかでも取り分けプライドが高いとされる“闇夜月”の民が、人間の娘に
こうしてアルガは里までの案内を請け負った。
彼女にとっては恩を返す意味合いもあった。
――――そして、理由はもうひとつ。
アダンたちの後続はルークとウィレト。
伝説の聖獣と神竜の子どもは、なんとも長閑な会話(?)をしていた。
「キュイー」
「久しぶりに見たよ、空を飛ぶほうのドラゴンなんて。よく孵られたねぇ。キミ、名前は?」
「キュイィー……」
「ないの? かわいそうに」
「キュ!」
「そっか、ティナに付けてもらうんだね。そうだよねえ、彼女の“浄化”のおかげで卵から出られたもんね」
「……」
「……」
「ええと」
「よかったな。ドラゴンの言葉がわかるやつがうちにいて」
「は、はい」
複雑そうに黙り込むアダン、アルガ。そしてルーク。
沈黙の三名に反し、のほほんと口をひらく魔法使い。手前をゆくウィレトは曖昧に返事をした。この場合、ギゼフ以外の全員が同じことを考えている。
――――……名前。それは、どちらの『ティナ』に??
(そもそも、魂の同居なんて事態も普通はあり得ない。あるとすれば神の御業だ。浄化魔法を放ったのを『ティナ』ととるか、『セレスティナ』ととるか。神竜の
アルガから聞いた卵の由来を鑑み、アダンはそっと顔をしかめる。
が、神獣のカーバンクルの態度から察するに、そう悲観的にならずとも良さそうでもあり……――
「あ、あそこです」
ふいにアルガが前方を指す。
白々とした山脈の裾野。そこには黒と蒼の細長い布がはためく一角があった。距離にすれば、まだかなり向こうだが。
アルガは、ほっと息を吐いた。
「良かった。静かです。慌てて卵を連れ出しましたが、どうやら襲撃ではなかったようだ」
「襲撃? まさか、ハルジザードの?」
「ええ。人間の若き勇者よ」
やがて密集した木々を前に、一行は減速を余儀なくされた。下生えのわずかな隙間をアルガはすいすいと進む。
人間たちは、それに縦一列で続いた。
ガサガサと葉音が鳴るなか、依然として眠るティナを心配そうに覗き込むカーバンクルと仔竜がいる。
「起きないねぇ、ティナ」
「キュ〜」
「気にすんな。
「そうだけどさー」
「キュイイッ♪」
ギゼフはティナの頬をぞんざいに指の外側で押している。改めて何かを検分するように、しげしげと見つめた。
* * *
小一時間ほど歩くと、頑丈そうな板で塀を組んだ集落が見えた。
門衛はいない。はて、非常事態は続いているのだろうか……? と、首をひねったアルガが開門の
「ひらけ。地竜の血に連なる我を
ギギギ……、と音をたてて門が上がってゆく。
アルガは振り向き、客人らを迎え入れようとした。 すると、突然
――というか、怒鳴りつけられた。
凄みのある女性の低音声だった。
「貴様ッ!! どの面さげて戻ってきた! こっちの話も聞かずに。おかげで老いぼれどもの説得に手間取るわややこしいわ、迷惑
「! あなたは。“赤きひとつ
物見台でもある櫓の上には、革鎧をまとう魔族の女性がいた。かなり筋肉質だが男ではなさそうだ。
彼女は最初こそ激しい剣幕だったが、途中から語気を弱めた。視線はたったひとりに注がれている。
「その娘……あのときと衣服は違うが、
「!? なっ!?!?」
「何言ってる。死んでないぞ」
「そうです!
「!! お前は――ウィレトか? セレスの王支の。よく無事だったな」
「はい」
馬上で優雅に一礼する少年に、みるみる女性の気炎が鎮まる。それから、ちっ、と舌打ちして飛び降りた。
結構な巨体だ。
ドシン、と地鳴りがする。
女性は顎でしゃくり、里の上方、長の館の方向を指し示した。
「来い。話がある。死んでないというのも疑わしいその娘、見せてもらおうか。あまり猶予はないが、お前たちにも休息は必要だろう。
…………ようこそ、人間たち。今回に限り、お前らを歓迎する」
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