2 呪われ荒野の邂逅
「ゾアルドリアって……。従姉妹だっけ? 『セレスティナ』の」
「うん」
翌朝、曇り空のレーゼ荒野を一行は進んだ。
魔物は不思議なほど出没しない。アダン
かつてここには織物業の盛んなカロリアという街があった。しかし、霧の魔王ハルジザードによって蹂躙の限りを尽くされた。
ハルジザードは、さらなる侵攻を止めたくば
そのため、街の周辺域では激しい戦闘が繰り返された。
が、その後のカロリアは衰退の一途を辿った。
職人たちは全員殺されてしまったし、街は瓦礫の山。しかも徐々に緑が失われ、日照りでもないのに川という川が干上がるという不運に見舞われた。懸命な灌漑工事もいっこうに実を結ばなかった。
生命の気配が消え、商業価値もなくなった街が
こうして南西の辺境からカロリアという街は失われ、「レーゼ平原」は「レーゼ荒野」と名を改めた。
――――だからだろうか。
人間としての『ティナ』は、ぶるりと背を震わせる。
アダンの言うとおり、ここは一見したところ普通の荒野だが、大地に染みつく禍々しさは本物だった。
魔族だった『セレスティナ』にしてもいい気はしない。まったく別の魔力
(とてつもなく大きい、虚ろな魔物の腹の中にいるみたいだわ。そんな場所に行ったことないけど。たぶん、魔物が寄り付かないのはそのせいね。いやな
ぼうっと考えに耽りながらも前を向く。
いまなら、あの筋肉質な従姉妹が突然現れたとしても心強く思える。
ゾアルドリアの強みは、魔力が物理攻撃や肉体強化に特化した点だ。きっと、この荒野の居心地悪さもものともしないだろう。
「もし、半竜人の里で会えたら。ウィレトもいるから、私が『セレスティナ』ということは信じてもらえるわ。彼女なら私の身体の在り処も知っているはずなの。何とか取り戻して」
「――十中八九、魔王城かと思われますが」
「ウィレト」
冷静な従者の冷静な一言に、ティナは不服そうに後ろを振り返る。手綱を握るアダンの腕に隠れて視認できなかったが、幼いころから自分に仕えてくれた少年は、あまり芳しい顔色ではなさそうだった。
「なぜ、そう思うの?」
「僕が貴女の側付きを解かれて、むりやり帰らされたあと、貴女の消息や噂を聞いた覚えがありません。闇夜月の里が襲われた、その直前まで。何度か問い合わせましたが、城からは『呼ばれるまで己の研鑽に邁進せよ』と、そればかりで」
「! そうだったの……」
ティナは目をみひらき、眉をひそめた。
――ということは、やはり、城内は敵勢力に掌握されている。
ゾアルドリアが単身で城を出たのなら、それは役目をいいつかったためというより、仲間割れの線が濃厚だろう。
(でも。何が目的で
もやもやと考えが
* * *
すっかり定位置となったアダンの馬で、前に乗せてもらっている。左隣がルーク、右隣がギゼフ、後ろが
加えて、姿は見えないもののカーバンクルもいる。
戦力的には、多少の軍勢にも劣りはしない。
そんなことを考えていたからだろうか……?
一行は、目の前の異変に同時に気が付いた。
「ティナ。君は、浄化魔法は使えたっけ」
「いいえ、アダン様。残念ながら」
「燃やすか」
「ま――、待て、ギゼフっ!? 交戦相手は旅人かもしれないだろうが。無差別広範囲魔法は」
「じゃ、俺、見てくるよ」
「!!!! ルーク!! 勝手は…………って、ああ。もう」
「行ってしまいましたね」
「そうね……」
敏捷さには定評のある勇者の疾駆けに、一同は脱力の
地平を埋めるほどに魔物の集団がいた。遠目にも白骨やアンデッド系なのだとわかる赤黒い瘴気が漂っている。
ただし、すでに何者かを包囲しているらしく、こちらには見向きもしない。
ルークは、それで左側の丘陵地へ上がり、やや高所から相手方を確認するつもりのようだった。
ティナは、そっと魔力探査の網を広げたが、向こうの魔物反応は見たままの亡者集団でしかない。
おそらくは、アダンの言う通りなのだろうが……。
(何かしら? どうも、人間とも言いづらい気が)
やきもきと見守るティナの耳に、やがてルークの声が届いた。
「やばい! ティナ! あれ、まさか“半竜人”じゃないか……? 助けるの一択だろ!! 行くぞアダン!」
「「「「(えっ、えええええ!?!?!?)」」」」
瞬間、赤く落ちくぼんだ眼光が、いくつもこちらを捉えたのを感じる。珍しく、くそっ、とアダンが悪態をついた。シュルリと抜剣する。
「ルーク! ただちに戻れ!! 全員、固まれ、散るな。奴ら、すぐにこっちへ来るぞ!!!」
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