第三章

1 星々のように

 ユガリアを出てしばらく。ティナたちは一路、やや西寄りに南下。かつての古戦場跡でもあるレーゼ荒野をめざした。

 草ひとつ生えない不毛のレーゼよりも手前ならば、馬でゆけば日に二、三通過できるほどには小さな町か村がある。

 が、それも四日目まで。徐々に岩くれた地面が目立ち始め、周囲に背の低い灌木程度しか見当たらなくなる五日目以降は、完全に野宿となった。


 最後の村で補給できた水はせいぜい四日分。固形食は切り詰めれば十日分。それでも飲料水を含め、食料の現地調達は遠征における基本中の基本だった。


 ――つまり。



「行ったぞ、そこ! 逃がすなよウィレト!」

「わかってる」



 山脈に近づくにつれて増えてきた鳥系の魔物は、貴重なタンパク源として、たいてい美味しくいただける。

 一行は現在も巨大なロック鳥とエンカウントしていた。


 ロック鳥にすれば自分たちこそが今夜の主食なので、事態はまさに食うか食われるか。ルークもウィレトも、こんなときばかりは抜群のコンビネーションを見せる。(※温度差はある)


 戦闘のセオリーは、前衛が両手剣のルーク、片手剣のアダン。中衛が弓矢および片手剣のウィレト。後衛には魔法職のギゼフとティナが並び立つ。

 勇者ルーク聖騎士アダンに手傷を負わされた巨鳥は、狙いを後衛に定めたようだった。

 正確にはティナを掠め取っての離脱を狙っているらしい。いったん上空にあがり、一直線に滑空したところ、矢をつがえたウィレトが立ちはだかる形になる。


 攻撃手段を持たないティナは、いつでもくちばしや鉤爪を避けられるように身構えていた。その前に進み出た紫紺のローブの長身魔法使いは杖を掲げ、口の中で何ごとかを詠唱している。次に繰り出すのはそこそこ強力な魔法のようだ。


 一撃で決まる。

 そのための猶予を作らねばならない。ウィレトは限界まで引き絞った射の姿勢から渾身の一矢を放った。



 ――――ギエエェェッ!!!



 左目に矢羽根を生やした魔物はあえなく失速。そのまま地響きをたてて墜落した。土埃をあげて苦しみ、のたうつ巨体におもむろに影が差す。

 いつの間にか陽が翳っていた。黒雲が重く垂れ込め、ゴロゴロと不穏な音がする。


 そこで、ギゼフは練り上げた魔力を天に向けて開放した。


「きたれ裁きの雷鎚いかづち!」

「っ……!」

「ティナ!! 危ない!?」


 音と閃光、落雷がほぼ同時だった。目もくらむ青白い残光のなか、直撃を受けてぶすぶすと煙を吐く黒焦げの巨体はまだ止まらない。転がる先に立ちすくむティナを見つけ、ルークは叫びながら走った。


 しかし。


 ――ドンッ!


(???)

 哀れ、無惨な姿のロック鳥は見えない壁に阻まれ、あえなく急停止。そのままピクリと痙攣して動かなくなる。

 宙空に、ぱっとルビー色の光が現れた。


「じゃじゃ〜ん。ボク、役に立てた? だめだよティナ。戦闘中に目を瞑っちゃ」

「ご、ごめんなさい。つい」


「まぁいい。さっさと解体しよう。デカすぎるから、持ち運べる肉と魔核だけな。本当なら羽もいい値段なんだが」

「仕方ないさ。ほら、ウィレトもおいで。魔族では、ロック鳥こいつはどんな扱い?」

「えっ。うちの里ではあんまり見たことが……。卵が絶品で珍味とは聞いたことが」

「なるほど。巣は白竜山脈の何処かなんだろうね。貴重そうだ」


 ギゼフ、アダン、ウィレトの三者はめいめいに作業用のナイフを取り出し、雑談を交わしながら慣れた手付きで焦げた部位を削いでいった。(※丸焦げです)


 いっぽう、最近では気まぐれにしか姿を見せないカーバンクルは、得意満面でティナの肩に降り立った。心配そうな面持ちのルークが神剣を鞘に収め、小走りでティナに近づく。無事を確認し、ほっと息を吐いた。


「そっか。カーバンクルが守ってくれてたなら安心だな。忘れてた」

「ううん。ありがとうルーク」


 再会した幼馴染のために勇者になった、と言っても過言ではない元・騎士は、にこっと笑んだ。

 ティナは曖昧に微笑む。

 その様子を、カーバンクルは、口もとをによによさせながら見守った。


 そこで。


 …………ポタン。ポタタッ。


「雨? さっきまであんなに晴れてたのに」


 頬や睫毛にかかる雫に、ティナが手のひらを上向けた。気のせいではなく、ひと雨来そうだった。

 渋面のアダンがじろりとギゼフを睨む。


「ギ〜ゼ〜フ〜。あれほど天候系の大魔法は考えろと」

「いいじゃねぇか。鳥系の魔物にはあれが一番効くんだし。ちょっとくらい濡れても」


「良くはありません!」

「良くない。私たちはいいが、ティナが」


「!? だ、大丈夫ですよ? アダン様。そんなに弱くは……たぶん」


 さっそく過保護ぶりを露呈させる従者と王子殿下に目を白黒させ、ティナは慌てて懐のナイフを取り出した。遅ればせながら解体の手伝いへと回る。ルークも同時に動いた。

 その甲斐あってか、一行は本降りとなる前に逃げ散った馬を魔法で呼び寄せ、騎乗して先を急いだ。おかげで、マントがぐっしょり濡れる頃には、野営に良さそうな丘陵地の岩場の影へと辿り着いた。

 いい具合に張り出した岩棚で馬の飼い葉を袋から出したアダンは、周囲に簡単な聖魔法による結界を張った。


「じゃ、ここで。ちょっと早いけど夕食にしようか。ティナ、ギゼフの調理補助を。ウィレトは火をおこして。ルークは私とテント係だ」


「「はい」」

「わかった」


「ええー? ボクは?」


「…………贅沢なようですが、聖獣様には夜間の結界をお願いできますか? いまは結構ですので」


「謙虚だねぇ。了解〜」


 間延びした返事とともに、カーバンクルは再びくるりと宙返り。

 来たとき同様に忽然と消えてしまう小動物に、アダンはほんのり苦笑した。




   *   *   *




 雨は小降りになったが、まだ止まない。

 一匹を覗く五名はひととき焚き火を囲んで暖を得て、串焼き肉と鳥出汁の香草スープを平らげて明日に備えた。

 倫理的な理由で、ティナだけが小さなテントを使用している。他の四名は同じテントで雑魚寝。

 風はなく、細かな雨粒が布を打つだけのしずかな夜。

 『それ』は突如として訪れた。



「!!?」


 どき、どき、と、激しい予感が胸を打つ。

 飛び起きたティナは、ギゼフが作ってくれた特製の錫杖をシャラリと鳴らして引き寄せた。ぐっと意識を集中させる。


 沈み込む感覚とは裏腹に浮かび上がる俯瞰図。

 夜闇に散らばる、大小さまざまな魔物たちの放つ魔力は星々に似ていた。そのなかに、ひときわ強い恒星じみた赤い輝きがあった。

 動きが早い。早すぎる。これではまるで箒星ほうきぼし

 しかも方向が。



「…………ゾアルドリア? なんで??」


 感じとれる限りの地図上の空白地帯を、赤い彗星が猛進していた。

 気のせいでなければ、それは、めざす白竜山脈に向かっていた。




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