10 片角の魔王セレスティナ(前)
「整列、整列! 貴様ら、今の今まで何処に隠れていた!? いざ元凶が
――晴天。
魔族領の奥地でありながら、かつてない清らかな
優しくさえあるうららかな陽射しのもと、ちろちろと口から火を覗かせる火竜に跨り、ゾアルドリアが吠える。各地方から集まった魔族万民へ、容赦なく訴えかけている。
それを捕獲し、手なづけて乗りこなすのは魔族にとって一種のステータスでもあった。
豊かな赤褐色の髪をたなびかせるゾアルドリアは相変わらず威風堂々。火竜を従えるにふさわしい猛き女武将と言っていい華がある。
今日、正式に“魔王親衛隊長”の位を授かった彼女の鎧はみごとな黒鋼。装いからして迫力満点の彼女がきびきびと群衆整理の陣頭指揮を執り行う。
親衛隊の主力構成員は“赤きひとつ
彼らは“闇夜月”の民の生き残り。
このたび即位が決まった『片角の新魔王』セレスティナと同郷の、かなしくも誇り高い双角の一族だった。
* * *
ハルジザードを滅したあと。
早々に人間たちを地竜の里へ送り出したセレスティナが行ったのは、突如クリスタルと化した魔王城の掌握と、喰われ続けて数が激減した里人たちの救済、謝罪及び説明だった。
城内に押し籠められていた闇夜月の民は、大人の戦士ばかりが四十名ほど。子どもや老人、非戦闘員は里の襲撃で全滅していた。
セレスティナが部屋に入ったとき、彼らの顔は間違いなく恐怖と憎悪に彩られていた。
罵り言葉すら出せない静寂に、ひとり、ふたりとやがて違和感に気づいた。同族喰らいと化したはずの女性の雰囲気が沈痛なこと。背後に佇む少年の存在に、徐々に気づいたのだ。
『どういうことだ……角が』
『まさかウィレト、お前なのか? では、セレスティナ様、は』
『――――遅くなってすみません。お戻りです。角はみずから
『!! なんと』
息を飲む女性、言葉を失う壮年の戦士。
そこでセレスティナは胸に手を当て、深々と腰を折った。別の意味で固まる里人たちに誠心誠意の謝意を捧げたのだ。
角に誓うと。失った信頼を得られるまで、粉骨砕身の覚悟で望むと。
また、自分は“終焉の魔王”――
なぜ、そうなるかという理由とともに。
『『『………………』』』
最終的に、彼らはめいめいに膝をつき、順に
命ある限り、その難業の支えになりたい、と。
そうして
* * *
「よう。めちゃくちゃな熱気だな。聞こえるか? 今日は、痛みはどうだ」
「問題ないわ、ギゼフ。もちろん聞こえる。ゾアルドリアの元気な声もね」
「違いない」
屈託なく笑う――なぜか、ひとりだけ残った人間の魔法使い。彼とは、本来の体を取り戻したことで目線が近くなった。
セレスティナは、ちらりと足元を確認した。
正装だ。里に伝わる古式ゆかしいものではない。どちらかと言えば人間たちの国のドレスと変わらず、ただし膝下に大きな切れ目が入っている。
白銀から菫色にグラデーションを描く衣は魔王城につとめる
いっぽう、七色の光をたたえる石の手すりにもたれる無精髭の男は、いつもの紺色ローブ。ちっとも改まった様子はない。けれど――
(おかしなひと)
ふふっ、と、セレスティナは口元を綻ばせた。
ギゼフは怪訝そうに片眉を上げる。
「何だ」
「いいえ、つくづく不思議なひとよね。第一、よく残ったわ。そんなに私の魔力は興味深い?」
「そりゃ、まあ……謎しかないからな。気づかないか?
「私に言われても」
「だろうな。だから、帰らない。側にいると決めた。工房なら任せられる同業者に
「……っ、好きにしたらいいわ」
「? もちろん」
ぱっ、と頬に熱がのぼった気がして、慌てて視線を外す。目を合わせずに済むよう隣に立ち、手すりに手をかけた。眼下の紫樹の葉が陽光を浴びてかさなるのをひたすら見つめる。
――――――――
ノーラ・ギゼフの言動は一見破天荒だが、その指針は揺るぎない。加えて、何だかんだでとてもやさしい。
折れた角の痛みを最初に和らげてくれたのは彼だった。「応急処置だが」と
基本的に飄々として、探究心におそろしく忠実。原動力に曇りがない。
その矛先は、今はまっすぐ自分へと向けられているが、おそらくは奇跡のような偶然。男女の云々ではないだろう。
魔力変換に何らかの法則性が見つかり、探究心が満たされればふらりと去ってしまう。
……だから、言えない。
人間なのに。
ギゼフが、好きだなんて。
「セレスティナ様。お時間です」
「……わかったわ」
諦めに似た気持ちを溜め息でこぼしながら、セレスティナはその場をあとにした。
――――しようと、した。
「ちょっと待て」
「!?」
急に腕を掴まれ、ぎょっと振り向く。
水色の空と揺れる紫の葉の梢を背景に、ギゼフはどこか決然とした
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