8 迷宮破砕

 空気が唸りを上げる。

 予備動作はのろそうだったが、振り下ろされた岩の拳は見た目通りの重量感だった。


「っく!」


 パリィィン、と、高い音をたててカーバンクルの張った障壁が砕かれる。衝撃の余波はなおも衰えず、ウィレトは両足を踏みしめて姿勢を低くし、これに耐えた。その横を「うそぉっ!?」と叫ぶカーバンクルが、きりもみしながら吹き飛ばされてゆく。

 とっさに手を伸ばしたウィレトの指は虚しく宙をかき――けれど、対象物(?)は別の人物によって難なく受け止められた。


「よっと」

「ルーク…………はっ、ティナ様!!? ご無事で!」

「ええ。ウィレトこそ。これは……?」


 互いに一瞬だけ顔をほころばせたのも束の間、再会を喜ぶ隙もなくゴーレムが迫る。

 持ってろ、と、荷物のようにカーバンクルをティナに放り投げたルークが前に立ち、背中の神剣ファルシオンを抜いて果敢に向かっていった。


「ウィレト、援護!」

「わかっている!!」


 身軽さを身上とするルークが巧みに相手の注意を逸らし、打ちかかっては飛び退き、うまく剛拳を避けている。ウィレトはタイミング良く矢を放ち、ルークが攻撃に転じるための手助けをした。

 が――


「だめだな、ジリ貧だ。相手が硬すぎる。あいつの剣ですらコアに届かない」


 ちっ、と舌打ちするウィレトに、カーバンクルを胸に抱えたティナは眉をひそめた。

 一般的な石人形ゴーレムの動力源は“コア”と呼ばれ、大体が心臓の位置にある。だが、たいていはもう少しちいさい。動力源の魔力が支えられる大きさは限られるものだ。


「物理攻撃が効かないってこと? ウィレト、あれを知ってる? あまり見ないタイプだわ」

「――里を。急襲したのはあいつらです、ティナ様。とよく似た岩製のゴーレムが大軍勢で押し寄せました。同じように剣や斧は刃が立たなくて。いっときは、魔法で対処できたんですが」

「数が?」

「はい。一体を行動不能にするための魔法消費量が割に合いません。手練でも複数で当たらなければ」


 ――そうして。

 休息を必要としない敵方に捻じ伏せられ、主だった戦士たちがどんどん葬り去られて。

 希望を託されたウィレトを逃したあと、里は壊滅したのだと聞いた。膠着していた前線はハルジザードみずからの殲滅魔法で薙ぎ払われたのだと。


 ティナはひととき、セレスティナとしての悔恨に浸りそうになるのを堪えた。


(今は、それどころではないわ。カーバンクルは頼れない……。魔法使いのギゼフも、補助魔法を駆使できるアダン様もいない。となれば)



「きたれ、雷よ!」

「!」


 ちょうど、同じ解答を得たらしい。息切れし始めたルークが簡易詠唱による雷撃を落としていた。

 青白い稲光は狙い違わずゴーレムの頭部を穿つ。しかし。


 「やったか!?」と、弓を構える腕を下ろしたウィレトとティナが見守る中、上半身からぶすぶすと黒煙を上げるゴーレムは再び動き始めていた。


 頭部は半壊し、なかば崩れているのに……!


「くっそぉ、不死身かよ!」

「落ち着け! コアに届いてないんだ。胸部を……なんとか、破壊すれば」

「それが……できればッ、ぐあっ」

「!! ルーク! 危ない!!」

「もうう! 何やってんのさ、見てらんない!」


 ハラハラと事態を見守っていたカーバンクルがもがき、するりと腕から飛び出した。破られるとわかっていながらルークの前に光の壁を出現させる。


 すると、ティナは、自分の手が勝手に動くのを感じた。


(え??)


 眼の前ではゴーレムの体当たりに障壁がたわむ。

 片脚を負傷したルークがジリジリと後ずさっている。腕はなおも動き、複雑な祈りの所作を描いて見たことのない光の紋様を顕現させていた。


 そのとき。

 どこからか鳴き声が。



 ――――キュイイィィ!!!!!



 ゴーレム以外の全員が驚いて顔を上げる。

 聞き覚えのある声はキュアラだ。

 近くにはいるようだが、まだここまで辿り着いていない。


(キュアラ……どこ!? まさか、こんなときに)


 焦る自我をそっちのけに、口の中からちいさな声が漏れた。すばやく紡がれた詠唱はやがて、唐突な終わりを迎える。



「神竜の子! 我が名付けし無垢なる獣。よ、リューザ神の威光をそなたに預けん――――キュアラ!!」


「なっ……、えっ?? ティ、ティナ様!?」



 突如。

 光の紋様の上で金の炎が渦巻き、見知った仔竜の姿を描いた。

 それはたちまち実体を結び、しかも巨大化してゆく。神話の時代の竜の成長を早送りで見ているようだった。

 成竜はあぎとをひらき、コオォォ……と息を吸う。


 ハッとしたカーバンクルは、慌ててルークに叫んだ。


「ルーーーク! 伏せて! でっかいのが来る!!!」

「は? え、どういう……!?!?」



(――!!)


 まばゆさに目を細める。

 ティナたちが目の当たりにしたのは伝説の神竜の息吹。いわゆる炎の洗礼だった。

 優美な蒼い鱗をきらめかせ、背には純白の翼。銀の角もうるわしい竜が、すべてを灼き尽くす白炎を口から迸らせる。


 何事かとこちらに体を向けていたゴーレムは、ひとたまりもなかった。炎に呑まれ、炭化したボディはあっという間に崩れ落ちてゆく。剥き出しになった赤いコアは瞬く間に破壊された。



「キュアラ……?」


 おそるおそる、声が出せるかも半信半疑でティナが呼ぶ。


 神々しい佇まいの竜は、ぴくっと耳を動かし、素直に後ろを振り向いた。


「キュイー!」



「……キュアラだな」

「キュアラだ」

「大きくなったね〜」

「う、うん。そうね?」


 満場一致。

 記憶のままにあどけない仕草でティナにすり寄る神竜に、カーバンクル以外の三名は複雑な顔を向けた。

 たしかに、かなり大きくなってはいたものの、仔竜キュアラに相違なかった。




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